絶体絶命の危機には王道ヒーローを(1)

1/1
前へ
/13ページ
次へ

絶体絶命の危機には王道ヒーローを(1)

 媚薬効果で、体は熱いし手足に力が入らない。  マーカスの魔法で転移した先は、ローランドくんには見覚えのあるアーサーの私室。  そっとソファにローランドくんの体を横たえると、マーカスは「GOOD LUCK!!」と良い笑顔で言ってから、消えた。 (頭もぼーっとしている。もうこれはアーサーに美味しく頂かれるしかない展開だろうけど、アーサー以外に会ったら事故が起きそう。マーカスはアーサーを呼んできてくれるのかな……?)  透明化してそのへんにいるだけかな……と思っているうちに、ローランドくんは「はあ……はあ……」と息を弾ませながらクラバットに手をかけ、指でぐずぐずといじり始めた。うまく緩められずに、諦める。ジャケットを脱ごうともぞもぞ身を捩り、袖から腕を抜いた。  ぱさ、と床にジャケットを脱ぎ落として「はぁー……」と長い溜息。両手で顔を覆う。  そのとき、風の流れを感じた。  指の間からちらりと見ると、落ちたジャケットを拾い上げる手が見えた。褐色の指。白い布地の袖。 「ローランド。具合が悪いままどこへ消えたのかと思ったら、こんなところに。そんなに仕事が恋しかったのか」  耳にぞくぞくと響く低音ボイス。ローランドくんは顔から手を引き剥がし、熱に浮かされてうっすら涙ぐんだ目で相手を見上げた。 「ゴドウィンさん……」 (そっちが来ちゃったかー!! そっちは危ないと思うなー!!)  たしかに、銀髪宰相閣下はローランドくんに対して何やら妖しい空気を醸し出していた。もし仕事の合間に様子を見るため自室へと戻ったのだとしたら、ベッドにはリリアンちゃんが安らかに寝ていたことだろう。肝心の相手はどこへ行ってしまったのかと、探していてもおかしくない。 (それで、探す先候補にアーサーの私室が入ってくるあたり、ローランドくんの抜け駆けを警戒しているってことかな。アーサーをめぐる恋敵(ライバル)として。アーサーと話しているのを見ている限り、ゴドウィンさんからアーサーへの好感度はそんなに高くなさそうだと思っていたけど、勘違いだったかも)  ローランドくんは媚薬で出来上がった体を持て余しながら「ごめん……なさい……」とうわごとのように呟く。  その場に片膝をついて、ローランドくんの顔を覗き込んできたゴドウィンさんは、探るような眼差しを向けてきた。 「無理をして歩きまわって、熱が上がってしまったんじゃないか。安静にしていろと言ったつもりだったんだが。言葉が足りなかっただろうか」 「ちがう……んです……。これは……くすりが…………」 「体に合わない薬でも飲んだのか? 君は陛下の側仕えとして毒や薬にある程度体を慣らしていたはずだが、何かまったく予想外のものでも?」  切れ長の瞳。耽美系の、目のさめるような美貌に苦渋を滲ませて、ゴドウィンさんは考え込む。  疼きと熱に苛まれながら、ローランドくんは「ちがうんです」と絞り出して言った。 「たぶんこれ……、その……、体がちょっとおかしくなる薬で」 「どのように? もう少し詳しく」  ゴドウィンさんのアイスブルーの瞳が、すうっと細められた。 (ん……!? ちょっと待ってローランドくん。これ、素直に言わない方が良いと思うよ……!?)  ゴドウィンさんが、ローランドくんを恋敵と認識していた場合。媚薬を飲んでアーサーの私室に潜んでいたなどと知られたら、「まさか陛下にお情けを望んだのか。不埒な」と闇に葬られかねないのではなかろうか。  その絶大な危機感から「ローランドくーん!」と私は心の中で叫んでいたが、さすがヒロイン気質のローランドくんは歪み無く、さらっと危機を招く発言をしてくれた。 「媚薬みたいなんです……。効きすぎちゃって、体が」  媚薬、といかがわしい単語を耳にしても、ゴドウィンさんの表情は動かなかった。その鉄面皮ぶりが真に恐ろしい。 「そうか、君はそういった方面の薬を使ったことは無いのか。耐性がなく抜群の効きとくれば、いまはその体、ずいぶん辛いだろう。具体的にどこがどうなっているか、自分の口で説明してみなさい」 「そ……れは……、その……恥ずかしいです」 「恥ずかしがっている場合じゃない。ここで私が聞いているから」  強い視線に射すくめられて、ローランドくんが羞恥に身悶えた。今にも、あられもないことを口走りそうだというのに、よりにもよって真面目なゴドウィンさんに手厳しく尋問されてしまうだなんて。  ローランドくんは干上がった口を何度か開いたり閉じたりしてから、ようやく言った。 「解毒薬をください……ッ! やっぱり、僕、こんなの……。マーカスさんが、持って……るかも、しれないので……」 「マーカスがなぜ君に媚薬を? 飲まされる以外は何もされていないのか? 体のどこかを触られたり」 「それは、大丈……アッ」  ゴドウィンさんが手を伸ばしてきて、ローランドくんの太腿を優美な指先で撫でた。その刺激にローランドくんは悲鳴をあげて、ソファの上で身を縮こまらせる。どうにか逃れようとするが、細い腿は指の長い手にがっちりと掴まれてしまっていた。薄い肉に指が食い込むほど強く。   「やめてください……」 「そうは言っても、確認が必要だ。ここではなく私の部屋へ行こう。その体を隅々まで調べて、必要な処置をする。……ああ、そうだな。服は脱がせることになるだろうが、心配しなくても良い。たとえ何を目にしても、他人に言うことはない。この胸に留めておこう。安心して、身を任せるように」  花のような香りが漂い、頭の動きが鈍くなる。ゴドウィンさんは立ち上がって、身を折りかがめると、腕を伸ばしてきた。 (だめだよ……、ローランドくん。このひと、薄々気づいている男装の件、ここで一気に確認してしまうつもりだ。バレたら、弱味を握られることになる。アーサーのそばにもいられなくなるかもしれない……!)  私とローランドくんの気持ちがひとつになり、ローランドくんが腕をつっぱってゴドウィンさんに拒絶を示した。 「やめてください……!」 「抵抗しても無駄だよ、こんな細腕で。男を煽るだけだ。私の自制心を試しているのか?」  くすっと笑ったゴドウィンさんに、なすすべもなく抱きしめられてしまう。 (まさかと思うけど……、こ、このまま、まかり間違えてゴドウィンさんに犯られてしまったら、怒り狂ったマーカスに殺される!! マーカスの中の人、さすがにNTR属性は無いと思う……!!)  頭の中で騒ぎ放題の私とは裏腹に、ローランドくんは弱々しい声で「たすけて」と呟く。  びくりともしない銀髪宰相の腕の強さに、私もローランドくんも絶望しかけたそのとき。  待ち望んだそのひとが、ついに現れた。 「俺の部屋で何をしている」
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

18人が本棚に入れています
本棚に追加