絶体絶命の危機には王道ヒーローを(2)

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絶体絶命の危機には王道ヒーローを(2)

 ここで、現在の状況をアーサー視点で考えてみようと思います。 ・「When:いつ」時間はそろそろお昼。真っ昼間。 ・「Where:どこで」ところは自分の部屋。 ・「Who:だれが」銀髪宰相と美少女顔の従僕が。 ・「What:何を」抱き合っている。 ・「Why:なぜ」??????? ・「How:どのように」隙間なく体を寄せて。 (これ、たとえるなら、真っ昼間の勤務時間中に、秘書二人が社長室に忍び込んでいかがわしい空気を作ってるようなものよね。私がアーサーでもたぶんさっぱり状況がわからない……)  ゴドウィンさんは顔の前に落ちてきた銀髪を優雅な仕草でかきあげて、体勢を立て直す。背筋を伸ばして、ドアからまっすぐ向かってきたアーサーと対峙した。 「ローランドを探していたらここに。(くつろ)ぐ場所ではないはずですので、退室を促していました。いま、連れて出ます」  アーサーは、意思の強そうな黒の瞳に剣呑な光を閃かせた。ゴドウィンさんに射抜くような視線を向けて、きっぱりとした口調で言う。 「俺はそんな命令を下した覚えはない。ローランドがここで休みたいなら休めば良い。俺が許す」 「いけませんよ、陛下。けじめをつけてください」 「けじめも何も、ローランドがこの部屋にいるのは別に変じゃない。お前こそ長居は不要だ。後は俺が」  アーサーとゴドウィンさんが睨み合う。  ローランドくんはその場でよろよろと立ち上がり、二人の間に立った。 「僕のために、争わないで、ください……」 (リアルでそのセリフ初めて聞いた……!! マーカス、マーカスいまのちゃんと聞いていた? これが正ヒロイン力ですよ……!!)  興奮しきりの私はさておき、ローランドくんは両腕を男二人に向けてつっぱって、距離を置かせようとする。アーサーを見上げて(この角度はきっと破壊力抜群の上目遣いだ)、震える声で言った。 「ご迷惑をおかけして、申し訳ありません。これは、病気ではなく……。媚薬を飲んでしまって、体が辛いだけなんです」  アーサーは黒瞳を瞠ると、ローランドくんの際どい発言に対し、すぐに頷いた。 「なるほど。体に害が無い薬ならひとまず安心だが、早急に対応しよう。マーカス、近くにいるか?」  まるで透明化の魔法に気づいているかのように、確信を持った口調でアーサーが魔術師の名を呼んだ。マーカスが少し離れた場所で、姿を見せる。手にはクリスタルガラスの小瓶。すたすたと近づいてきて、アーサーに手渡しをした。「解毒薬です。すぐ効きますよ」と。  視線を戻してきたアーサーは、ローランドくんの震えている手を見た。 「自分で飲もうとすると、零したり落としたりするかもしれない。飲ませるから口を開けて」  ローランドくんは、こくん、と頷いて素直に口を半開きにする。アーサーは背に腕を回してローランドくんの体を支えて、唇に瓶の口をあてて傾けた。  するり、と甘みのある液体が口腔内を湿らせ、喉を滑り落ちていく。 (気持ち良い……。落ち着く。そっか……、ローランドくんは「こんな形で結ばれても」と言っていたけど、アーサーはそれがきちんとわかっているひとなんだね。これ幸いとエロイベントに突入したりしないで)  アーサーの腕に抱き上げられて、ローランドくんはほっと脱力して目を閉ざす。ゴドウィンさんでもマーカスでもなく、この腕が一番安心する、と警戒を解いたのを感じた。心地よいぬくもりに包まれて意識が朦朧とする中、「眠らせてあげよう。マーカス、念の為に魔法を」というアーサーの声が耳に届く。  瞼の裏は暗闇で、何もない世界に意識は落ちていった。  落ちながら、私が漠然と思ったこと。  それは、起きたときに私はまだこの世界にいるのだろうか? ということだった。  すべてが、夢のように遠く――  * * *  目覚めた場所は、ローランドくんには見覚えのない天井だった。この世界の神話の一場面が描かれたような、気高く荘厳な絵。 (言うか? あの有名なセリフを。「知らない天井だ」って……)  そう考えた意識は私のもので、寝て起きても私はローランドくんの中にいた。  体からだるさが抜けていたローランドくんは、跳ね起きる。   「起きたか」  すぐ横から、美声。声のない悲鳴を上げて、ローランドくんはそちらへと目を向けた。  同時に、身を横たえていたアーサーも半身を起こしたところだった。 「アーサー様、どうして」 「どうしても何も、ここは俺のベッドだ。お前が起きるまで、そのかわいい寝顔を堪能していたよ」 (さすが正ヒーロー、起床からノータイムで隙あらば口説き始めるか……! でも、寝顔を見ていただけで手を出さなかったなら及第点かな……)  顔の熱さで、ローランドくんが真っ赤になっているだろうことが私にもよくわかる。 「可愛いだなんて……。そういうの、やめてください」 「そうだな。俺がお前に身の回りのことを任せているのは、顔が可愛いからじゃない。よく気が利いて、聡明だ。いずれはゴドウィンのように俺の片腕となることを期待している。その意味で、ずっとそばにいて欲しいと言っている」 「はい……」  側近として。  アーサーの言葉は甘苦く響いて、ローランドくんの胸が切なく痛んだ。  嬉しいけど、本音で言えば物足りない。違う意味でも求められたいと、心の底では望んでいる。  叶わない願い。 (男装ヒロイン辛いなぁ……。好きなひとが目の前にいても、好きとは言えないし、結ばれることは絶対に無いだなんて……)    少しだけ落ち込んだ気配は、アーサーに伝わってしまったに違いない。  アーサーは苦笑して、手を伸ばしてきた。遠慮がちにローランドくんの顔にかかった髪の毛を指で軽くすくって避ける。  眠るときに結んでいた髪をほどかれたらしく、金の髪が肩にふわりとかかっていた。 「そうしていると、本当に天使のようだ。あまりの美しさに胸が詰まる。ゴドウィンは大切な部下だが、お前を腕に抱いているのを見たときは本気で殺意を覚えた。俺は、この先お前に触れる者がいたら、男でも女でも許せる自信がない」  大きな手のひらが、頬から顎にかけられる。その手にかすかに頬を擦り寄せるような仕草をしながら、ローランドくんはアーサーを見つめて言った。 「僕も……。陛下以外の方に、触れられたいとは思いません。僕に触って、自由にして良いのは陛下だけです。他の誰のものにもなりません」 「悪い子だ。本気にするぞ」 「僕は本気で言ってます……ッ。僕の目には陛下しか映っていません」 「ローランド」  身を乗り出してきたアーサーが、唇に唇を重ねてきた。ローランドくんは目を瞑ってそれを受け入れた。  そのまま、優しく肩を押されてベッドに押し倒される。  一度唇を離し、上に乗り上げてきたアーサーは、切なげに目を細めていま一度「ローランド」と呟いた。感極まった様子で、ローランドくんは「ああ、陛下……」と答える。 (……急展開……。男装ヒロインとして禁欲的に生きるかと思ったら、ここで身を任せてしまうの……? マーカス、マーカス、ちゃんと見てる?)  今にも濡れ場に突入しそうなヒーローとヒロインと私。この状況に焦って、無闇やたらにマーカスの「中の人」に呼びかけた私だったが、その間にもアーサーの手がローランドくんのシャツのボタンにかけられていた。  この期に及んでうっすら「男装がバレたらまずい」が意識に浮上してきたローランドくんが、その手に自分の手をかけ、弱々しい声で訴えかける。 「だめ、アーサー様。おやめください……」 「こうなった男を止められると思うな。お前も男ならわかるだろう。それとも……、この服の下には何か違うものが隠されていて、俺に暴かれるのを待っているのか……?」  このままアーサーに荒々しくすべてを奪われてしまいたい思いと、秘密を隠し通さねばという意識のせめぎあい。  と、私。 (これまで散々エロトークしてきたけど……。私、べつに経験無いし。この世界でアーサーのことまだよく知らないし!?)  私の叫びに対し「え?」とローランドくんが素で声を上げていたが、それどころではない。私はローランドくんの体の支配権を奪い取って、アーサーの胸を手で押し返した。 「まだ攻略された覚えは無いので! 簡単にヤれるだなんて思わないでください!!」 「ロー……?」  んんー?? とアーサーの顔に疑問符がいっぱい浮かぶ。私はさっさとアーサーの体の下から抜け出して、勢いよくベッドから下りた。何か透明なものにがつんとぶつかって「痛ッ」と言われた。おそらく足ではないかと思うところに勢いよく足を踏み降ろし、ぎゅむ、と念入りに透明な誰かを踏みつけつつ、アーサーに向かって言い放った。 「最低でもあと三回くらい、イベントを越えないと体を許すには至らないでしょう。そのへんお含みおきください」  ローランドくんが、ひそかにほっとしているのも感じていた。やはり、ここで男装がバレることに迷いがあったらしい。  ベッドに置き去りにされたアーサーは、不意に楽しげな笑い声を上げて、自分もベッドから下りた。 「ローランドは、俺にもっと骨抜きにされたい。そのときは俺に抱かれる。そういう意味だな?」  直接的すぎる確認に、私もローランドくんも心臓が跳ねるほどびくつきつつ、それを悟られまいと強気に言い返す。 「そうです。カンストしていた好感度は現在一時的に初期状態まで戻っていますので。それを上げて頂かなくては……」 「わかった。ではこれからは全力で落としにいくとしよう。手加減しないぞ」  前面のアーサーは鋭いまなざしをくれる。背後では「次はゆるさねーぞ」と透明な何かが言っている。  間に挟まれたローランドくんと私。  二人の意識が重なって、内側と外側で声を揃えて言った。 「僕も、簡単に落とされる気はありません!」  * * *  もちろんこの一件は、のちほどマーカスにこってり叱られたが、譲れないものは譲れない。 (ローランドルートは未知。迂闊に動いて死亡フラグでも立ったらまずいから、慎重にいきましょう!)  そう言ったら、マーカスは「仕方ないね」とため息をついて認めてくれた。  さしあたり、男装バレはもっと後の方が良いはず  そのときまで、ヒーローに攻略されるわけにはいかないんです!
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