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銀髪の宰相ゴドウィン(1)
宰相ゴドウィン。
肩から背に流れる銀髪に、褐色の肌。理知的なアイスブルーの瞳。微笑みの似合う優美な顔立ち。
地が純白で、光の加減によって銀の蔦草模様の浮き出るロングジャケットを身に着けていて、前身頃のボタンはきっちりと首筋まで閉めている。禁欲的な美形。
ドアまで駆け寄って「おはようございます」と言ったローランドくんを見下ろして、ひどく優しげに目を細めて「おはよう」と返してくれた。
この距離で目にすると、震えがくるほどの麗人ぶりだ。
(これでたしか、弓矢の達人で武芸に長けているっていうチート設定もあるのよね。脱ぐと筋肉のすごい細マッチョ。おかしいな。肌色展開控えめのはずなのに、私はどこで脱いだゴドウィンさんを見たんだっけ……)
公式のイラストか、ファンアートか……と私は記憶をたどり、ゴドウィンさんの裸を思い出そうとした。
脳裏に描いたその光景が、ローランドくんには刺激が強すぎたらしい。
何もないところで転ぶよろしく、誰も何も言っていないタイミングで「だめ。やめてよ……っ」と脳内の私に向かって赤面抗議。
声こそ小さかったものの、その場に居合わせた男性陣二人にはしっかりと聞かれてしまった。
「どうした、ローランド。服に虫でも入ったのか?」
側にいたゴドウィンが、不思議そうに言って身をかがめてくる。輝く銀髪が一房肩を滑り落ち、ふわりと花のような甘い香りが漂った。
直前まで、私によって脳内に目の前の人物の裸(及び、おそらく公式外で見かけた濡れ場)をさんざん展開されていたローランドくんは、プチパニック。
「わ、わ、わ、あの、だ、だいじょうぶです……」
消え入りそうなかすれ声で答えると、顔を赤らめたまま俯き、固まってしまう。ちょうど目の前の壁の一部が鏡になっていて、俯く寸前ちらりとその様が見えた。色白の肌が見事に染まっていた。つやぷるの唇から指の先までが戦慄いており、いかにも庇護欲をそそる絵面に。
(庇護欲っていうか、この場合獣欲かな。たったこれだけの接触でも、ゴド×ローの妄想が止まらなくなるファンはたくさんいそう。ゴドウィンさんの場合、公式からの肌色成分供給が少ない分、妄想の入り込む隙あらば、ファンは見逃さないだろうし……)
コーヒー色の裸体に組み敷かれる、華奢なローランドくん。こんな感じかな、と私が想像したところで、ローランドくんがぼふっと煙を噴き出してショートした(※まんが的表現。イメージです)。
「やめてください、ゴドウィンさん……っ」
妄想の中のゴドウィンさんと、容赦なくくんずほぐれつを思い描いた私への、か細い抗議。ただし目の前にいるのはゴドウィンさん。
「私がどうしたって? ローランド。いつもと違うな、君らしくない。顔も赤いし、具合でも悪いんじゃないか」
言うなり、ゴドウィンさんは腕を伸ばしてきて、ローランドくんをひょいっとその両腕に抱え上げた。
ぐるんと視界が揺れ動き、ローランドくんが目を見開く。
(お姫様抱っっっっこ!! いきなりのお姫様抱っこ!! さすが細マッチョの腕は、ローランドくん程度の重さではものともしない……!!)
「何をしている」
そこに、鋭い声が飛んできた。
ゴドウィンさんの腕にとらわれたまま視線を向けると、アーサーが怒気を漂わせた三白眼でこちらを睨んでいた。
大人げないほどの感情の迸りが見て取れる。
それは、まごうことなき嫉妬の炎。
(まさか……、アーサー様、今生はゴドウィンルート……!? それならそれで、私は応援するのみですが……!!)
思わず拳をきゅっと握りしめた。
胸がツキンと痛んだのは、おそらくアーサーに対するローランドくんの恋心のせいだとは思うけど、私は黙殺。
ローランドくんの体を抱いたゴドウィンは、しっかりと抱え直しながらアーサーに穏やかな声で答えた。
「体調が悪そうです。熱があるような顔をしている。陛下に病気をうつすわけにはいきませんので、ローランドは私がベッドに運んでおきます。おっと、抗議はききませんよ。陛下の体が大切なんです、私も、ローランドも。そうだよね、ローランド。今日の仕事はもういいから、ゆっくり休みなさい」
にこり、と微笑みかけてくるゴドウィン。その体から立ち上る花のような香りは、いよいようっとりするほど甘くローランドくんの体を包み込んでくる。固い腕の感触と、ぴったりと密着した体から伝わってくる体温とともに。
「僕にできる仕事は多くありませんけど、それでもこの場を外したら、ゴドウィン様の負担が増えてしまいます」
ローランドくんが、生真面目な口調で訴えかける。
ぎゅっと。こころなしか、ゴドウィンさんの腕の力が強まった。微笑みは相変わらず、甘いまま。
「だめだ。目が潤んでる。熱があるような顔をしているぞ。困ったな、そんな顔で見られると。言いつけを守ってベッドで休んでいるか、あとで見に行くからな。もし寝ていなかったら、ベッドに引きずり込んで添い寝をしてあげよう、私が。……あとでと言わず、今からでも」
見つめていると、吸い込まれそうな瞳。ローランドくんも私もおおいに焦る。
「そんなことしたら、ゴドウィンさんに病気がうつってしまいます!」
「ははっ、そうだ。体調が悪いのを認めたな。その調子でおとなしく寝ているんだぞ」
「あの、歩くのは自分でっ」
花の薫る麗人に、優しくあやされて、ローランドくんは弱く手足をばたつかせて抵抗する。
「ゴドウィン。離せ。ローランドが嫌がっている」
耐えきれなかったように、アーサーが立ち上がって近づいてきていた。不機嫌そのものの声とともに、影が落ちてくる。
ゴドウィンは面白そうに笑ったまま、しれっと言い放った。
「羽のように軽くて、この腕に抱いているのを忘れそうです。持っていてもいなくても同じなら、このまま運びますよ。きちんと寝かしつけまで」
「それなら俺が。ローランドは俺の従者だ。俺が面倒を見る」
「立場が逆でしょう。陛下に世話されたとあっては、ローランドも気が休まらないはず。いいですから、ここは私に任せて。陛下はお仕事をどうぞ」
嫉妬むき出しのアーサーを、ゴドウィンは柳に風よろしく受け流す。
(これは……、ゴドウィンさんからアーサーへの好感度はそんなに高くない? アーサーはこんなに好きな感じなのに、相手にされてないっぽい。ゴドウィンルートじゃないのかな……。それならそれで、まだ騎士団長と魔術師団長、それにリリアンちゃんもいるから焦るところじゃないけど)
頭上でかわされる恋の鞘当てめいた会話。
とどめのように、ゴドウィンがいたずらっぽく言った。
「午前中のお仕事を頑張ったら、あとでお見舞いに行っても良いですから。ね、陛下。それを励みにがんばってください。もしかしたら、ローランドからご褒美をもらえるかもしれませんよ?」
む、とアーサーが難しい顔をして黙り込む。
くすくすくす、とゴドウィンは声を立てて笑い、颯爽と踵を返した。ドアに向かって歩き出し、肩越しに振り返る。
「私を認めさせてください。がんばりが足りないときは、お見舞いもご褒美もなしです」
「わかったよ。ゴドウィン、ひとつ言っておくけどな。看病のふりをして、変なところを触るなよ」
「誰にものを言ってるんですか、陛下。私はそんなことはしませんよ」
軽やかに言って、ドアを出る。
廊下を歩き出したゴドウィンは、機嫌良さそうな顔でローランドくんを見下ろしてきた。
寸前までは、爽やかに笑っていたのに。
その非の打ちどころのない美貌に、いつの間にか妖艶な気配を漂わせたゴドウィンは、くすりと笑って言った。
「さて、陛下はがんばれますかね。水準に満たないと私が判断した場合、ローランドからのご褒美は全部私がもらいましょうか。今日の君は、ひどくそそる。その目で見つめられると、おかしくなりそうですよ。参りましたね」
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