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優男系魔術師団長マーカス(1)
リリアンちゃんに怯えるローランドくんと。
このまま犯られるわけにはいかない、という私の利害が一致したので。
助けて、と逃げ腰のローランドくんの意志を引き継ぎ、私は指の先までローランドくんの体を乗っ取ると、リリアンちゃんに立ち向かった。
がばっと起き上がり、驚いて目を見開いたリリアンちゃんの両肩に、両手でひしっと掴みかかる。
「早まらないで、リリアンちゃん。この展開はよろしくない。清楚系黒髪巨乳侍女のリリアンちゃんが、少女顔の金髪美少年を快楽堕ちさせても、カデンツァ読者は喜ばない……ッ!!」
「ローランドくん……?」
不思議そうに目を瞬いて聞き返される。
私は眉を寄せて、手のひらをリリアンちゃんに向けた。「ちょっと待って。この世界のひとに通じそうな、説得力あるたとえを考えるから」と言って目を瞑る。
その耳に、まったく予期しない声が届いた。
「たとえ話というのは、あまり良い方法じゃないね。本人が上手くたとえたと思っているたとえ話が、実際にうまかった例は稀だ。だいたい滑っている」
清涼感のある、明るい声。耳にした瞬間、怒涛のように記憶が駆け巡る。
(この声優さんは……! 爽やか系イケメンを得意とし、歌もいける若手二枚目声優さん! カデンツァ以外にも出演多数。アニメ化作品の中盤あたりで投入されて「ここで公式の本気キタァァァァ!」とファンを歓喜させつつ「気をつけろ。この声優が担当するキャラはだいたい終盤で裏切り展開をぶっこんでくる」と警戒心も煽ることもしばしば。底知れない狂気を秘めたキャラばかり演じている、あの……!)
「光と闇のカデンツァ」でかのひとが担当しているのは、優男系魔術師団長マーカス。
私が部屋の中に視線をすべらせると、群青のローブ姿の人物がベッドからほど近い位置に、こつ然と姿を現していた。
長い水色の髪が、かぶったフードから胸の前まで流れている。金色の輝きを持つ瞳は、微笑むように細められていた。
白皙の美青年。女性的で甘やかな顔立ちに、芯の強さを秘めている。聡明かつ公平な性格で、敵の手に落ち非道な拷問を受けても、決して屈することのない気高さがその最大の特徴。
(拷問……、たしか媚薬責めとか「いかにも」な陵辱シーン担当のはず。この繊細優美な容姿と強情な性格を敵国の悪役面イケメンに「おもしれー女(※男です)」的に惚れ込まれて、あの手この手で肉体を苛まれる、と。快楽には弱いんだけど、グズグズにされながらも「心だけはあなたの自由にさせません」って突っぱねるのよね。ヒーロー以外との濡れ場があるにも関わらず、その不遇さと意志の強さで熱狂的なファンも多いとか。それでいて、アーサーと結ばれるときには、それまで散々経験済みで知識豊富な分、受けもするけど、攻めにも転じるっていう。リリアンちゃんがまさかのSのときも思ったけど、カデンツァファン、懐深いよな……)
偏っているとは重々承知のキャラクター情報をざっとさらってから、私は問いかけた。
「いつからそこに」
「姿を透明にする魔法と空間転移を使って、少し前からここに。透明化といっても、身に着けている衣服も全部いっしょに消えるから、裸になる必要はないのが良かった。周りから見えていないとわかっていても、人の目の前を裸でうろうろするのはさすがに精神の強靭さを試されると思う」
笑顔のまま、気安い口調で答えてくれる。
ハッとリリアンちゃんのことを思い出して振り返ると、リリアンちゃんは凝固していた。柔らかそうな頬も、温かそうな肌色もそのままなのに、開かれたままの目は瞬きもしない。
心得ていたかのように、マーカスが説明をしてくれた。
「君と僕以外の生き物の時間を止めている。そんなに長くは保たないけど、君と二人で話してみたいなと思っていて」
私はひとまずベッドを下りて、リリアンちゃんから距離をとった。かといって、マーカスに対しての警戒心も解くことはできない。
慎重に見つめながら「なんの用ですか?」と尋ねる。
(透明化・空間転移・時間停止。無詠唱の上、二重三重で行使するなんて、魔術師団長の名に偽りなしの実力者なんだ……!)
緊張している私及びローランドくんに対し、マーカスはにこにこと邪気なく笑って言った。
「そんなに怯えなくていいよ。少し確認したいことがあって。前から思っていたんだけど、君はもしかして、男の子じゃなくて……、女の子なんじゃない?」
何気ない調子で、核心に触れてきた。
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