走り高跳び

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 競技前、櫂人が黙々と一人で、時にはライバルと言葉を交わしながらマークする姿を見ているのが沙耶は好きだった。跳躍は一瞬だが、その一瞬のために粛々と準備をする姿を美しいとさえ思った。  そして競技が始まると、高いバーを越えていく一瞬の、その美しいフォームに魅了された。 「うまく跳べた時、青い空が見えるんだ。ああ、俺は自由だって思うんだよね」  中学で県大会に進んだ櫂人を応援に行った帰り、一緒に近くの河原の土手を歩きながらそんな話を聞いた。  いつもは口数が少ない櫂人が饒舌に語っていた。  県大会より先には進めなかったけれど、やり切った満足感とちょっとの悔しさを滲ませて語る櫂人が、沙耶には眩しかった。  櫂人は物静かで目立たないが、仲間の信頼が厚く人望があった。選んだ競技も、人と競争するよりも自分の記録に挑戦し、記録を伸ばすことに力を注ぐ、櫂人らしい選択だなと思っていた。 「私、櫂人と一緒に龍央高校に行ってチア部に入る! そして龍明戦で絶対応援するから!」 「じゃあ俺は龍央の陸上部で記録を伸ばして県大会から地区大会に行く。そしてその先の高校総体を目指す!」  そう二人で約束した。約束したはずだったのに……。 「あら、沙耶ちゃん」  後ろから声をかけられ、沙耶は我に返る。フィールドでは全員のマークが終わり、競技開始前の練習が始まっていた。  声がした方に振り返ると、櫂人の母の佳子(よしこ)が微笑んで立っていた。
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