すれ違い、そして

44/44
3618人が本棚に入れています
本棚に追加
/358ページ
 メールでは間に合わないのだろうか。何か致命的な訳し方をした?   ドキドキしながらアクセスをしていると、いつの間にか近くにいた倉林さんが、急に ″待った″をかけた。 「″ミーティング″ タブの ″音声タイプ″ から ″コンピュータ音声″ にしてください。音声タイプだと料金が発生してしまいますので」 「あ、はい」  国際電話になったら高いんだろうな、危なかった。  モニターに先方の顔が映し出されると、麦野さんたちはカメラに入らない位置に移動する。 「ね、そもそも鈴木さんって英語話せるの? ただの事務職だったんでしょう?」 「さぁ、どっちにしてもネイティブなのは無理なんじゃないの?」  コソコソと他の秘書の声もする中、院長との会話が始まった。 「how is the weather over there?」  お天気の話題から始まり、 「Let me introduce myself. I'm Natsumi Suzuki from Smart Good.Company.It’s nice to meet you.」  自己紹介、早速先方が疑問に感じた文について受け答えをした。   「Good work; we’ve got a few things clarified and we’re ready to move to the next step. (良かったです。いくつか確認もできましたし、次のステップに進む準備が出来ました。)」  先方も納得されたようで、笑顔で通話を終えた。  ホッとして画面を戻して席を立つと、皆の視線に晒されていることに気が付いた。    え、なに。  ずっと聞かれていたの?  おまけに、入口の方には神城社長までいて、眼鏡を光らせてこちらを眺めていた。  社長に許可なく先方と通話したことを咎められるかと思ったが、 「相変わらずの発音の良さだね。鈴木さん」  社長は、柔らかい、どこか懐かしそうな顔をして言った。 「……ありがとうございます」  もう、とうの昔に諦めていたが、私は子供の頃から通訳の仕事に憧れていたのだ。  
/358ページ

最初のコメントを投稿しよう!