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後編
緊急の入院だが、妻のＢと連絡が取れず、代わりにAの両親が入院の手続きのために上京した。
そこで入院した息子の着替えを取りに行こうと、合鍵を使って家に入り――飛び交うハエと、強烈な悪臭と、鎖に繋がれた女性と、変わり果てたBの姿を見つけてしまったらしい。
ロープで首を吊り、文字通り首を長くして待っていた妻は、凄まじい死臭を放ちながら、全身に蛆をまとわせて、腐った果実のように垂れさがっていた。
明らかな異常事態。が、Aのご両親はためらわずに、警察へ通報したと聞いている。
自己保身が働いたのではなく、警察という非現実的な存在を呼ぶことで、現実逃避をはかったのだという節もある。
とにもかくにも、犯行が明るみになったことで、Aは警察病院に移送された。
話題にあがっていた猫砂は、腐敗した死体から垂れ流される体液を吸収させるためであり、首を吊ったＢの真下には猫のトイレが設置されていた。
さらに大量の食糧は、監禁して自分の世話をさせた女性の食料だったという……胸糞の悪い顛末。
家の場所が不便な一軒家だったことで、近所から異臭の苦情が出なかったことも、悪い意味で幸いした。
確定している罪状は、監禁と死体遺棄。
監禁されていた女性はAと不倫関係にあり、Aから死臭が服につかないよう、洗濯物に気を使うよう命じられ、猫砂を取り替えてゴミを出し、Bが生きているように振舞うことを要求された。
Aが不倫相手と共謀して死体を処理しなかったのは、妻の自殺を認めたくなかったからだろうか。
この男は卑劣にも「お前のせいで、妻が首を吊った」と罪悪感を刺激して、洗脳じみた手口で不倫相手を支配下に置こうとしたのだが、彼女は持たされたBの携帯の着信とメールを何度か無視した。
だれかが、異変に気づくことを信じて。
不倫相手の家族は、都合が悪くなるといつもどこかに逃げ出す娘のSOSに気づくことはない。しかし、Bは自分と違うはずだと望みをたくした。
そして、彼女のもくろみ通りになり、Aの両親が家に来たのだから悪運がいい。
携帯をチェックしようとするAに対して、ごまかしが通用したのは、彼も妻の死を隠した極限状態であり、精神的に余裕がなかったからだろう。
警察の証言でAは言う。
「早く、早く、家に帰らないといけないんです。早く帰らないと妻の首が、伸びて伸びて長く伸びて伸び伸び伸びのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのびのび、俺のくびにいいいいいいいいいっ……」
◆
数ヶ月後、Aは怪死したという。
不自然に首が伸びた状態で、まるで首つり死体のようだったという話だ。
情報元は、結婚式でスピーチをしていたBの友人。
じつは彼女は警察関係者と知り合いで、その伝手を利用して、Aの怪死情報を入手したらしい。
「……だけど、そんな都合よく、怪死の情報って手に入るもんなのか？」
同僚が逮捕されても、一時はニュースサイトをにぎわせても、彼らは変わらずに社員食堂で飯を食べる。
Bの友人が、あっちこっちに触れまわっている事件の全貌。
その情報が正なのかは、彼らにとってはどうでもいいことなのだ。義憤なのかわからないが、彼女が変な情報を拡散した罪で、警察に捕まっても別に困らない。
「さぁな。その友人の願望かもしれないだろ」
「首が伸びるって、ろくろ首かよ」
「なんともホラーじみているよな」
「いや、逆に考えよう。その友人がAを殺したのかもしれない」
「なるほど、Bの仇討ちか」
「麗しい友情だよな」
「ねーよ。ドラマじゃあるまいし」
「けど、そっちの方が面白くね」
「いや、それ以前に、Aって本当に死んだのか？」
彼らはできたての温かい料理と新鮮な不幸を食べて、無意識に新しい不幸が起こらないか、首を長く伸ばしていることに気づかない。
事件の異常性から会社が特定されて、今でも問い合わせが殺到し、カスタマーセンターがパンク寸前なのだが、自分たちへの余波が及んでいないので涼しい顔。
薄くなった財布と相談して、こころなしか量が減った定食に疑問を抱かず、好き勝手に会話の花を咲かせて、限られた自由時間を噛みしめる味は、さぞかし蜜の味がするのだろう。
「ごちそうさま！」
なにもかもが他人事。彼らは次の瞬間に、AのこともBのことも忘れて、ニュースサイトとスレッドと噂と妄想とで、表面上の情報だけで満足しながら楽しい昼食を終えるのだ。
今日も明日も。明後日も。
その楽天的な無関心さが、近いうちに自分の首を締めることを考えずに。
【了】
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