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 2人は今の板沢駅にやって来た。現在の板沢駅は、鉄筋コンクリートの小さな駅だ。だが、そこにホームはおろか、線路もない。 「これが今の駅舎?」 「うん。駅舎は地上にあるんだよ。問題はこの先」  2人は駅舎に入った。だが、駅には誰もいない。一部の部屋にはカーテンがかかっていて、中が見えない。もう何年も誰も入っていないようだ。駅舎には誰もいない。ここを利用する人は本当にいるんだろうか? どうしてこの駅は残っているんだろうと疑問に思うほどだ。  茂夫は入ろうとした。それを見て、康平は驚いた。普通なら、やってはいけない事だ。本当にいいんだろうか? 「入ってもいいの?」 「大丈夫。ここは無人駅だから、自由に入れるの」  ここは20年ぐらい前から無人駅で、自由に駅に入れるようになっている。だが、電車に乗るには普通に運賃が必要になる。 「そっか」  康平は辺りを見渡した。ここにも誰もいない。まるで都会とは真逆の空間だ。 「誰もいない・・・」 「山開きの時にはけっこう賑わうんだけどね」 「ふーん・・・」  ここが賑わうのは、山開きの時だけだ。通路いっぱいに多くの登山客が歩く。その時はまるで都会の駅のようになるという。  しばらく屋根の付いた通路を進んでいくと、急なトンネルがある。そのトンネルは少し暗くて、不気味だ。幽霊が出てきそうだ。 「階段?」 「あの先にホームがあるんだよ」 「すっげー」  2人は階段を降り始めた。階段はどこまでも続いているようで、先が全く見えない。 「元々、ルートを変更する時に駅を設置しないと計画してたんだけど、どうしても駅を残してほしいって板沢の住民が願ったために、ここに駅を設置する事になったんだ」  板沢駅は、関坂トンネルを通るルートに変更する場合、設置されない予定だった。だが、周辺住民が残してほしいと言ったので、ここに駅が作られたという。だが、ホームまでの長い階段のせいで、あまり利用する人がおらず、デマンドバスを代わりに使う人が多いという。 「そんな経緯があったのか」 「だけど今では、過疎化が進んで、利用者は鉄オタぐらいだ。高齢化が進んでいて、こんな階段の長い駅なんて、誰も使いたがらないんだよ」 「そうなんだ」  それに加えて、この板沢の集落は、周辺の集落同様に高齢化が進んでいて、数えるほどになってしまった。高齢者にとって、この長い階段は大変で、エスカレーターやエレベーターを設置すればいいのにと言われている。だが、ほとんど使う人がいない駅に、そんなのはいらないという事で設置されていない。 「ここは昔、トンネルを建設する時の斜坑として作られたんだ。それをホームまでの通路として活用してるんだ」 「へぇ」  関坂トンネルが建設されていた時、ここには板沢斜坑が設けられていて、ここから資材を運搬していたという。近くに駅があるのが理由だったそうだ。それが今では、駅舎からホームに向かうための線路として使われている。 「こんな駅って、珍しいんだよ」 「そうなの?」 「土合とか、筒石とか、美佐島がそうだな。ここはどれかというと、筒石っぽいね」  土合駅は、上越線にある駅で、下りホームが地下にある。上越線には清水トンネルと新清水トンネルがあり、開業時の単線の頃からある清水トンネルを通る上り線のホームは地上にあるのに対して、複線化のために建設された新清水トンネルを通る下りホームは長い新清水トンネルの中にある。  筒石駅は、かつて北陸本線だったえちごトキめき鉄道の駅だ。かつては地上にあったが、複線電化でルートを変更した際に、トンネルの中に新しい筒石駅ができたという。上下線ともにトンネルの中にホームがあり、暗くて不気味だという。  美佐島駅は、北越急行にある駅で、単線のトンネル駅だ。ここは2つの頑丈な扉で仕切られている。これは、トンネル風から守るための設備らしい。北陸新幹線が金沢まで延びるまで、ここを特急はくたかが時速160kmで通過していた。北陸新幹線開業が迫ると、鉄道ファンがそれが通過する時の音を録音しに来たという。  どの駅も、初めて聞いた。康平は全く鉄道に興味がない。どこにこんな駅があるんだろう。全くわからない。 「俺、全くわからない」  しばらく進むと、扉がある。この先にホームがあるようだ。 「この先がホーム?」  茂夫はうなずいた。康平は扉を開けた。その先には、薄暗いホームがある。これが現在の板沢駅だ。 「うん。薄暗くて不気味だけど、ここがホームなんだ。あっちは上り線のホーム」  と、構内踏切のような音が聞こえてきた。電車が来るんだろうか? 「あれっ、音が・・・」 「電車が来るんだ」  そこにやって来たのは特急電車だ。特急電車は猛スピードで駅を通過していく。 「通過だ!」 「ものすごい不気味ですね」  康平は震えている。こんなに怖い駅って初めて見た。だけど、魅力的だな。 「だろう? そういうのが好きな人がいるんだけどね」 「好きになれないな」 「まぁ、いいか」  と、また警報音が聞こえた。今度はこっちに電車が来る。この電車は普通電車のようだ。 「あっ、あっちに電車がやって来る! 停まるみたいだ!」 「本当だ!」  電車はホームに停まった。だが、誰も乗り降りしない。 「誰もいない・・・」 「でしょ? ここはほとんど鉄オタぐらいしか乗り降りしないんだよ」  そろそろ引っ越し業者が来る頃だ。事務所に戻らないと。 「戻ろっか」 「うん」  2人は長い階段を上り始めた。階段はどこまでも続くようで、終わりが見えない。 「本当にこの階段はしんどいな」 「でしょ? でも、山登りのウォーミングアップだと思ってる人もいるんだ」 「そうなんだ」  2人は息を切らしている。あまりにも辛い。これは大変だ。  5分ぐらいかけて、2人はようやく駅舎に戻ってきた。やはり誰もいない。 「やっと戻ってきた!」 「大変でしょ」 「うん」  茂夫は時計を見た。そろそろ来る頃だ。急がないと。 「さて、そろそろ引っ越し屋さんが来る頃だ」 「そうだね」  2人は事務所に向かった。
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