第1話 噂の男、麗しの社長

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第1話 噂の男、麗しの社長

「《Come(カム)》」  沙羅は覚悟を決めて「おいで」という意味のコマンドを告げた。ソファに深々と座り、顎を上げ、毅然とした態度で。  視線の先には自社の社長、レネがいた。彼にDomとして命令を下したのである。  ただのいち社員、名刺には主任としか書いていない下っ端である沙羅が。  男は満足そうにはしばみ色の目を細め、ゆっくりと彼女の方に歩み寄ってきた。中性的な顔立ちに妖艶な笑みを浮かべている。 「そうだ、やればできるじゃないか」  沙羅を焦らすようにたっぷりと時間をかけて沙羅の元へと来た男は、彼女が座るソファに片膝をつき、さらに距離を縮めた。  そうして、彼は指先で沙羅の顎をすくい上げた。高い鼻梁が沙羅の鼻先、触れんばかり位置にある。  プレイの最中、Subに見下ろされるなんて初めてだ。沙羅は思わず息を止めた。 「言われたとおりにしたぞ? 褒めてくれないのか?」 「……っ!《Good boy(グッドボーイ)》」  コマンドをきちんと実行したSub(サブ)Dom(ドム)が褒める。全てはこれが基本のプレイだ。  咄嗟に言葉が出てこなかった。  褒められることが好きなSubもいれば、あえて従わず仕置きを喜ぶSubもいる。はたして彼はどちらだろうか。 「さて、ご主人様、次は何を?」  口の端に笑みを刻んだ男は、尊大な態度を崩さぬまま言った。 (こんなSub、知らない……)  だけど悪くない。こんなプライドの高い男が、社会的地位の高い男が、自分のコマンドに従って嬉しそうにしている。  「《Strip(ストリップ)》まずはジャケットを」 「なるほど、そう来るか」  なかなか面白い。そう言わんばかりに笑みを深めた男は、沙羅の顎から手を離し、上体を起こすとジャケットを脱ぎ乱雑にソファに放った。
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