29人が本棚に入れています
本棚に追加
「ここか!」
沙羅はようやっとホテルに辿り着いた。モダンでありつつシックでもある。入り口は自動ドア。
覚悟を決めて足を踏み入れた。
(いた……! 近寄りたくない)
細身でどことなく中性的でありながら、よくよく見ると肩幅もあって、やっぱりかなり格好いい男である。
とまどって立ち尽くしていた沙羅を社長、レネは手招きで呼び寄せた。
手のひらが上を向いている手招きだ。ほとんど指先で呼ばれたと言っても過言ではない。なんだかムカついた。
彼のお付きの秘書である康貴もいた。二人ともノーネクタイにジャケットを羽織っていた。
「お、お疲れ様です……」
「お疲れ、ヒガシさん」
康貴に小さく手を振られた。沙羅はぺこりと会釈した。
「長距離フライトご苦労。荷物を見ていてやるからさっさとチェックインを済ませてくるといい」
「ありがとうございます」
沙羅が礼を言うと、レネはぱたりとノートパソコンを閉じた。
巨大スーツケースから解放され、身軽になった沙羅がレセプションに向かおうとするとふと後ろから呼び止められた。
「今夜、レストランを予約してある」
「はい……?」
「まあ期待しすぎず楽しみにしておけ、初日だからドイツ料理にした」
(今夜くらい一人でゆっくり食べさせてくれませんかね……)
ここに来る前に駅などにあったそこら辺のパン屋とかでいい。
あれだってじゅうぶん美味しそうだ。きっと明日以降はひたすら先方に連れ回されての食事だろうから。
「……とりあえず、チェックインしてきます!」
沙羅はレセプションに向かってとりあえずチェックインすることにした。そしてまたもや絶望することとなった。
「名前が、ない……?」
残念ながらあなたの名前は予約されていない。そう無慈悲に告げられた。英語を聞き間違えたのではないかと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。
沙羅は混乱した。男性陣に助けを求めるしかなかった。
「杉山さんっ!」
後ろを振り向き必死で助けを求めた。こちらをちらりと見た康貴はなぜか向かいのレネに視線を向ける。
すると、レネはうんざりしたように、もったいぶったような仕草で腰を上げた。
(なんでそっちなの!?)
最初のコメントを投稿しよう!