廃屋の館

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廃屋の館

 突然の雨に降られてしまった少年は、古びた洋館を見つけるとこれ幸いと重厚感のある扉を叩いた。しかし待てど返事はなく、もしかしたら開いているかもと取っ手を引くと、扉はギギと音をたてて開いた。恐る恐る中を覗いてみる。 「誰かいませんか?」  館の中は灯りはなく真っ暗である。外の光りで僅かに見えるのは濃いワインレッドの絨毯と、玄関ホールのまっすぐ先にある上へと続く階段だけだった。  開けた扉から雨が入り込む。少年は慌てて扉を閉めると館の中は何も見えなくなった。さすがの少年もこれには怖くなり、何も出ませんようにと心で祈る。  暗闇に目が慣れてきた頃、ふと階段の三段上がった所に人影のようなものが見えた。ついに幽霊でも見てしまったかと少年は焦るが、その人影はゆっくりとした動作で動くと「雨宿りか?」と言った。男の声だ。  (よかった、人間だ。)  一瞬でも幽霊だと思った自分が恥ずかしい。  少年は首にかけていたタオルで濡れた顔を拭いながら「はい」と頷いて「貴方はこの館の人ですか?」と尋ねた。 「違う、ここは廃屋だ、俺も君と同じで雨から逃げてここに来たのさ」 「そうでしたか、では僕もお邪魔してもいいでしょうか?」 「ああ」 「ありがとうございます」  少年は入り口付近の壁に寄りかかるとそのまま座り込んだ。そしてチラと男の方を見る。窓から入る外の光が彼の足元だけを照らしている。顔までは見えない。 「その腰についているのはなんだ?」  男が指摘したのは少年の腰にある籠だった。 「これは茸を入れる籠ですよ」 「ほう、茸か」 「はい、今日は山に茸狩りに来たのです」 「収穫はあったか?」 「まぁぼちぼちというところです」  そう言って籠の中から雑茸を手にとって見せると、男はまた「ほう」と頷いて「して雨に降られたのか」と笑った。 「ええ、ついていないですよ。あなたはどうしてこんな山の中まで?」 「俺はちょっと探し物をしに」 「探し物、ですか」  なんだか聞いてはいけないような気がして口を閉じる。しばしの沈黙の間、雨音がやけに大きく聞こえた。 「茸は旨いのか」  男が言う。 「そりゃ美味しいですよ、僕のおすすめは茸の炊き込みご飯です……って無難でしたかね?」  へへ、と少年が恥ずかしそうに笑う。その時、雷がピカッと光り男の顔が一瞬だけ見えた。頬は痩せこけ目はギョロリとしている。少年は驚いて声が出そうになるが、失礼だろうと内心で自分を叱りそのまま話を続ける。 「茸は嫌いですか?」 「茸か……食べたことがないかも知れないな」 「そうなんですか、きっと食べたら美味しすぎてビックリしますよ。そうだ、良かったら少し要りませんか?」  少年が籠の中を漁る。どれを渡そうか品定めしていると「いや、せっかくだが遠慮しておくよ」と男がやんわりと断った。 「……あの、」 「ん?」 「うちの家定食屋をやってるんです」  突然何を言い出すんだと男は黙る。  「良かったら今度食べに来てください、僕の友人だと言えば割引がきくので」  そう言うと男はフフと鼻で笑った。 「ありがとう、痩せた俺を見て気を遣ってくれたんだな」 「や……あの、ごめんなさい……」 「なぜ謝るんだ」  男は気にしてないよとまた優しく笑った。  もしかしたら末期の癌で食べ物を口にするのが辛いのかも知れない。いやしかしそんな大病を患っている人が、こんな山奥に入ってこれるのだろうか。少年の疑問は膨らむばかりである。すると男がおもむろに口を開いた。 「……食事が上手く出来ないんだ」 「上手くできない……?」 「ああ」  少年は男の事をもっとよく見ようとして立ち上がると「隣へ座ってもいいですか」と聞いた。  男は少し悩んだ後で、おいでと隣をポンポンと叩く。隣に一人分あけて少年が腰を下ろすと男は何もないただの床を眺めながら言った。 「食べ物が口に合わなくてな、気付いたらこんなになっていたよ」  服の袖を捲り痩せた腕を見せて乾いた笑みを浮かべる。   「あの、僕でよければ何か力になれませんか?」 「いやいいんだ、もういいんだよ」 「そんな……」  男の諦めているような物言いに少年は悲しくなった。なんと声をかけたら良いか考えあぐねる。 「その気持ちだけで嬉しいよ、ありがとう」 「いえ……僕は何も……」  気が付くと雨は弱まっていた。外から溢れる太陽の光りで空中に舞っている埃がキラキラと光る。  少年は「僕そろそろ行きますね」と立ち上がった。 「ああ、そうしなさい。暗くなる前に山を降りた方がいい」 「はい、貴方は?」 「俺は探し物を見つけたら帰るつもりだよ」 「そうですか、見つかるといいですね」  男は目尻にシワを作って微笑んだ。
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