吸血鬼

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吸血鬼

「行ってきまーす!」  春休み最後の日。アキラは弁当の入ったリュックを背負うと今日も今日とて山に向かおうとしていた。母親の「少しは勉強しなさい!」という声に「はーい」と生返事をしながら家を出て行く。途中、自転車に乗ったクラスメイトと話をして「また山かよ、仙人みたいだな」とからかわれる。それに対して「お前も山の魅力を知ればハマるよ!」と返して別れる。  最初は登山道を歩いていき、途中から流れるような獣道を上っていくと屋敷が見えてくる。十日前ここで出会った男は自殺志願者だろうと考えていたアキラは、彼をなんとか思いとどまらせようと奮起していた。  毎朝弁当を用意して山に向かうアキラを家族は何も不思議に思わない。何故なら彼は休日になると山に入っていきハイキングや山菜採り茸狩りと、とにかく自然が好きな少年だったからだ。 「こんにちは!」  元気よく屋敷に入ると男は玄関ホールの窓から外を眺めていた。ここ数日しっかりご飯を食べているというのに彼の顔色は悪いまま、頬も痩せこけたままである。そんなに早く太る訳がないと分かっていながらも、アキラは彼が心配で仕方がなかった。  男のギョロリとした目がアキラへ向けられる。 「今日は少し遅かったな」 「ええ、ここへ来る前に友達と会って少し話をしていたので」 「そうか、君には友人がいるのか」 「はい、皆仲が良いですよ!」 「楽しそうでいいな、羨ましいよ」 「何言ってるんですか、貴方にもこれからたくさんの楽しいことが待っていますよ」 「だといいがな……」 「体の調子はどうですか?」 「君のおかげでとても良いよ」  アキラにはそれが嘘だとすぐにわかった。出会ったときよりも抑揚のない声。何かを探すような焦る瞳。ふとアキラの心に疑問が浮かんだ。彼は本当に自殺志願者なのだろうか。探し物とはいったい何の事なのだろうか。 「探し物は?」  これを聞くのは三度目である。彼が教えてくれないと分かっていても試しに聞いてみる。 「見つかったよ」 「え!見つかったんですか!良かったじゃないですか!」 「……」 「……何か良くないことでも?」  男はアキラの問いには答えない。その時、男の体がゆらりと揺れてそのまま後ろへ仰向けに倒れてしまった。 「大丈夫ですか!?」  アキラが慌てて駆け寄ると意識はあるようで「うぅ」と唸って「すまないが浴室まで運んでくれないか」と男は言った。 「浴室?どうしてそんな所に……」 「頼む」 「わかりました」  アキラはリュックを下ろして男を背負う。案の定彼の体は軽く、高校一年生のアキラでも運ぶのは簡単だった。  浴室前に来ると男は自らアキラの背から降りて礼を言うと中へ入っていく。ついていこうとすると「君は入るな」と止められた。わかりましたと頷いて、じゃあ外で待ってますと廊下で待つことを伝えると、男は扉に鍵までかけて浴室に籠ってしまった。  しいんと静かな廊下で一人待つ。この扉の向こうで彼が倒れているのではないかと気が気でない。だが、しばらくすると男が出てきて、先程よりも顔色が良くなっていた。これにはアキラも驚きと戸惑いを隠せない。さっきまで死にそうな顔をしていたというのに。一度吐いてすっきりしたのだろうか。いやそれにしても何だか違和感を感じる。 「ん?」  ふと鉄錆のような匂いが鼻をつく。 「ヒッ!!」  男が開けた扉の数十センチの隙間から見えたものにアキラは悲鳴をあげた。  バスタブの中に人がいる。長い髪の後頭部とだらりと脱力した細い腕がバスタブの縁から飛び出している。 「見てしまったか」 「っ!!」  アキラは強い衝撃で息ができなくなった。まさか自分が殺人犯に毎日食事を持って行っていたとは夢にも思わない。  逃げようとして腰を抜かしてしまったアキラは尻餅をつき、見下ろしてくる男を怯えた瞳で見上げる。 「あ、あれは……貴方がやったことですか!!」 「貴方がやったとは?」 「殺したのかと聞いているんですッ!」 「違う、俺が見つけたときには死んでいた」 「嘘だ!」 「嘘じゃない、本当だ。彼女の体は死後数日は経ってる」  男はアキラに怒鳴られても至って冷静だった。 「ぼ、僕も殺すんですか?」 「殺さない、待て、信じてくれ、俺は誓って彼女を殺していないし君も殺さない」 「っ……本当ですか?」 「ああ、本当だとも。俺は殺人なんてした事は一度もないし、これからもしたいとは思わないよ」 「し……信じられません……」  アキラは壁に手をつき何とか立ち上がった。 「では浴室で何をしていたんですか?」 「……」 「答えられないのが何よりの証拠ではないんですか!」  問い詰めると男は観念したように口を開いた。 「血を飲んでいたんだよ」 「血を……?ま、まさか……!そんな……それじゃあまるで……」 「そのまさかだ、……俺は吸血鬼なんだ」
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