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胸を焦がす
グレンは客間のソファーに倒れるように横になった。
アキラが来なくなってもう三週間も経っている。彼の健康な血のおかげで空腹になることはないが、彼への思いは募るばかりだった。
毎日来てくれていたのにどうして来なくなってしまったのだろう。やはり嫌われてしまったのだろうか。
マントルピースの上に置かれた弁当箱を見つめる。本来ならば写真や美術品が飾られるはずの所にそれを置いたのは紛れもないグレンだった。いつでも彼を感じられるように、目立つ場所に置いておきたかったのだ。
「アキラ……」
彼はきっともう来ない。人間だと思って接していた相手が吸血鬼で、人間の死体の血を飲んで生き長らえていただなんてとても衝撃的だっただろう。終いには腕に噛みついて血まで吸ってしまったのだから嫌われて当然か。最後に言った「じゃあまた」はきっと彼の優しさだ。と、そこまで考えてグレンは立ち上がった。もしまたどこかで会えたとき、きちんと礼が出来るように何か贈り物の品を準備しよう。彼は茸が大好きだと話していたからいっぱいの茸を渡したら喜んでくれるかも。などと考えながらグレンは館を出て行った。
ブナの森を見てまわると意外と茸はたくさんあった。今まで注目して見たことはなかったがこんなにも生えているものなんだなぁと感心する。ハンカチの上に次から次へと乗せていくと、遠くの方でパキッと小枝を踏むような音がした。気になってそちらの方を向くと、ザッザッという足音が近付いてくる。そして夢にまで見た小柄な少年が「あ!」とグレンを見て声をあげた。
「こんなところにいたんですね!」
「アキラ……!君こそどうして……」
これは幻覚か?と目を擦るグレンを前にアキラは「見つかって良かった!」と笑っている。
「屋敷に行ってもいないので探してたんですよ」
「なぜ俺に会いに来たんだ?」
「なぜって、じゃあまたって言ったじゃないですか」
不安でいっぱいだったグレンを他所にアキラはあっけらかんとして言った。
「母さんに春休み遊び回ってたから家の手伝いしなさいって怒られちゃって……なかなか行けなくてごめんなさい。本当はもっと早く会いたかったんですよ!」
「え……」
「あ、ごめんなさい、なんか僕恥ずかしいこと言っちゃいましたね」
へらりと笑う彼が愛しくてたまらない。グレンは喜びと恥ずかしさで顔を隠すように後ろを向いた。
「あ!それ!」
「ん?」
アキラがハンカチの上の茸を指差す。
「毒茸ですよ!それ」
「そうなのか?君が言っていた椎茸かと思ったんだが」
「それはツキヨタケといってシイタケと似てますが毒があるんです」
「そうだったのか……君に渡そうとしていたものが毒茸だったなんて……」
「え?僕に?」
「君にあの日のお礼をきちんとしようと思ったんだ」
「そうだったんですね、嬉しいです!僕はてっきりまた遺体探しをしているんじゃないかと思って焦っちゃいました」
「……なぜ君が焦るんだ?」
「だってやっぱり生きてる人間の血の方が体に良いでしょう?飲むなら僕の血を飲んでくださいよ」
「い、いいのか、また君を飲んでも」
ごくりと喉が上下に動く。グレンはアキラの血の味を思い出して無意識に舌舐めずりまでしてしまう始末である。しかしすぐにハッとしていけないいけないと首を振る。
「いや駄目だ、この前は緊急時だったからで……」
「僕は気にしませんよ?」
「でもまた君を傷つけたくない」
「見てください」アキラが袖を捲って腕を見せる。
「ほら、この前の傷だってもう消えてます。だからいいんですよ」
どこが噛みやすいかなと呟きながら襟元を引っ張るアキラ。首筋は目立つからここかなと言うと僧帽筋の辺りを触った。そんななんてことない動作のはずなのに、グレンにはとても色っぽく見えた。
「ここなら大丈夫です」
「っ……」
グレンは周りに誰もいないのを確認すると、おもむろにアキラの顎先に触れて指を首筋に滑らせた。張りがあって滑らかな肌が情欲をかきたて、グレンは肩口に顔を埋めると彼の匂いを目一杯吸い込んだ。
「ふ、グレンさん、くすぐったい」
アキラが笑いながら身を捩る。
グレンはそれを追いかけるようにして少年を抱き寄せると、やや膨らんだ僧帽筋の辺りに歯を宛がった。ツプッと一瞬で皮膚を突き破り、溢れてくる血を啜る。
「ぁっ」
こくり、こくりと飲むたびに彼の心臓の音を感じてグレンの股間が熱くなった。それを悟られないように体を離し、手で抑えて止血をする。妙に静かだなとアキラの顔を窺うと、彼は顔を真っ赤にして「変な声出た……」と恥ずかしがっている。
「君、可愛すぎやしないか……」
咳払いをして何とか自分を落ち着かせるもアキラが「美味しかったですか?」と上目遣いで聞いてくるものだから「勘弁してくれ……」と顔をそらした。
「……美味しかったよ、ありがとう。そろそろ戻ろう、君に弁当箱を返さないとな」
「あ!お弁当のこと忘れてました」
「そっちもとても美味しかったよ」
「良かった!最近結構料理頑張ってるんです」
「そうなのか、親御さんのためか?」
「はい、店を継ぎたいなって最近すごく思うんです」
「君は家族思いなんだな」
と微笑んだグレンだったが内心では少し寂しさを感じていた。彼の周りには彼の事を大事に思う人がたくさんいる。自分もその中のうちの一人に過ぎない。その事実が思いの外辛かった。気持ちを悟られないように「素敵だな」と言うと、アキラは「そうですかね?」とはにかみながら笑って先を歩いて行く。
(君が俺だけのモノになったらいいのに……)
穏やかでない心の声をかきけすように、グレンは彼の背中を追いかけた。
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