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鍵は空いていた、不用心だと思うがアイツのことだ、いつ帰ってきてもいいように空けておいたのが正しいんだろう。
(……どこまでお前は)
その先の言葉をグッと飲み込んで、少しずつアイツが寝ているベッドに近づいていく。
先生は既に機能をシャットダウンしているからか、椅子の上で起きる気配もない。
好都合だ、これなら邪魔も入らない。
変に妨害されて手元が狂ったらそれこそ目も当てられないからな。
(……悪く思ってくれよ、そうじゃなきゃ意味がねぇんだからよ)
ベッドの上に乗り、無防備に眠っているアイツの顔をなるべく見ないようにする。
見たら決意が鈍る、この機会を逃すことになる。
そうしたら次がいつ訪れるかなんて分からない、それまでアイツに優しくされて、希望を見せられて、奴らに奪われるなんて真っ平御免だ。
その日が来る前に、ここで終わらせないと。
(……動いてくれよ、アタシの手)
ベッドに体重が乗る、膝で体を抑えて見下ろす。
そうして無防備なアイツの首に、そっと手を伸ばす。
『渡守さん、今晩食べたいのある?』
『こうして寝るの初めてなんだ、誰かがそばに居てくれるのって暖かいね』
『その服表でも着たらいいのに、私が誰にも笑わせないから』
『この本読んでみて、苦しいけど必ず暖かくなれる一冊なんだ。私のイチオシだよ』
『全肯定はしませんからね!ダメなものはダメ!いいことはいいでちゃんと区別しますから』
『あーそれ私が取っておいたヤツでしたのにー!』
『寝る場所の交代?いえいえ、生徒に椅子や床で寝かせる訳には行きません。私はいいんですよ大人の特権です』
この手が届くまでにここでの日々がどんどん蘇ってくる、それを振り払おうとしても解けなくて、そんなことをしているうちに。
「───おかえり、渡守さん」
アタシは千載一遇の機会を逃した。
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