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Prologue 始まりに終わりありて
それは暑い日の記憶、じりじりと刺すような日の下の事。
あの日を忘れたことはない、だけど思い出したくもない。
夏休みが始まる前のことだった。
「ーーーーーーー」
「ーーーー、ーーーーー」
遮るものは何もない、ただ分け隔てるものがあるだけだ。
彼女はとっくにそれを決めていた。
眼は離れることはなく、手は届くことはない。
留める手段は既になく、停める言葉は意味を持たない。
全て全て、彼女がそう望んだことなのだから。
「ーーー」
「ーーーーーーーーー」
「───じゃあね」
それだけを残して彼女は跳んだ。
墜落する旅客機、あるいは彗星。
もしくは大好きだった、線香花火。
命を燃やし輝きながら消えていくそれを何と表現したらいいのだろう。
数秒も無いうちに鈍い音が聞こえ、直後に悲鳴が眼下を覆いつくした。
それは彼女が送ってくれた最後の献身だ。
人はいつか死ぬ、それはこの町でも変わらない。
アンドロイドが人に混ざり、隣を歩いているこの街でもそれは絶対の法則だ。
「ーーーーーーーーーーーー」
私の慟哭は何処へも届くことない。
御伽噺のように甘く、寝物語のように優しい世界は消え去った。
この世界は残酷で、どうしようもないほど酷いものなのだから。
それが私が17の時知った世界の真実だった。
「───夢か」
目が覚める、暦の上では3月だ。
まだ肌寒い季節は続いている。
記憶の中では今も夏が続いているのに、四季だけはこうして巡っていく。
もう冬も終わって春が近づいて、もうすぐ卒業式だと言うのに、私と彼女だけが、今も季節に囚われてあの日にいる。
だからせめて、彼女だけはその日から開放しなくちゃいけない。
それが私の、せめてもの償いだ。
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