第2話 バス本日運休って。

1/1
前へ
/38ページ
次へ

第2話 バス本日運休って。

 ――――その場でやめてきてしまった。  やめるのも面倒って思ってたのに。でも、後悔はないな。むしろすっきり。  明日、ばあちゃんちに帰るために、部屋の片づけをしているけれど、改めて見ても物があまりない。寝るだけだったからな。  家具や家電が備え付けの社員寮なので楽だ。身一つで入れるし安いが、何せボロくて古臭いので、入る人はあまり居ない。両隣も空いてて、若干廃墟もどきだったが、会社の奴と絡みたくないオレには快適だった。  服とか使えるものをばあちゃん家宛てに送ったら、もう明日向かう。バスがあんまりないし、昼過ぎにはつきたいから、新幹線を予約した。  あ。明日帰るって、連絡しないと。  スマホを操作して、ばあちゃんの家の電話番号に発信する。  しばらく鳴ってるが出ない。二十一時。もう寝たかな……と思った時、通じた音がした。   『もしもし』 「あ。……ばあちゃん?」  そう言うと、「(あお)くん?」というばあちゃんの声。 「うん。そう」 『ああ、ごめんね、びっくりしたよね』  そんな風に言って笑うばあちゃんの声は――――久しぶりだけど、相変わらず、柔らかくて、優しい。  声は元気そう、だけど。 「体は、大丈夫?」 『うん、大丈夫だよ。今日明日にどうにかなるとかそんなんじゃないから。心配させてごめんね』  ……とりあえず、良かった。しゃべってる感じは、元気そうだ。「末期」の言葉は気になるけど……。 「オレ、明日行くから。話はそっちで聞く」 『え? 会社、休めたの?』 「あーうん。――――そっちで話すよ。長く居れるから」 『そうなの?』  嬉しそうだ。  ――――良かった。会社、辞めて。  そう思った。 「明日十三時くらいには、駅につく。バス乗って行くから待ってて」 『碧くんに会えるの楽しみ。美味しいもの、作って待ってるから』 「無理しないで。行ったら手伝うよ」 『はいはい。――――昔みたいだね』  ふふ、と、また嬉しそうに笑うばあちゃん。  じゃあ明日ね、と言って電話を切った。  声を聞いたら、少し安心した。とりあえず、明日早く行こう。  リビングと風呂場とトイレ、いらないものは捨てて、使えるものは段ボールに。  キッチンに行き、わずかな食器や箸はもうゴミにした。分別しておけば捨てておいてくれるらしい。    三年も居た割に、愛着ねーな、この部屋も、会社も、人も。  三年。何して生きてたんだろう。  辛うじて、客と相談してできた、ホームページが、生きてた証、みたいな感じかな。  ……まあそれも、リニューアルされたら、消えるけど。  そんなもんかな。  生きてる、なんて。  どうせ、全て、死んだら消えるんだし。  何かを残そうっていうのが、無理だよな。   そんなことをぼんやりと考えながら、オレは流しの下の扉を開けた。  奥から出てきたのは、包丁のセット。箱に入ったままだ。  ……料理。  ここでは、全くしなかったな。  ばあちゃんちには包丁もあるだろうし。  必要ないだろうけど。  ――――……ほんの少し、迷って。  オレは、それを、送る段ボールの中にそっとしまった。  翌朝。  荷物を出してから、管理人に来てもらい、ごみにするものを頼んで、社員寮を後にした。  もうここには帰らない。  なのに、何の感慨も無いとか。笑える。  ――――歩きながら、スマホを操作。  父さんの電話番号を出して、数秒。画面を落として、ポケットに入れた。  本当なら今日も、あの職場に行って、パソコンに向かっていたはず。  新幹線から見える風景は、だんだんのどかなものに。  たくさん見えていたビルがなくなり、川や畑が見えてきて、高い建物が少なくなっていく。    ――――……いいな。  この景色。  ぼんやりと、窓の外を見たまま、過ごした。  今までなら、電車に乗ったら、何の用も無くても、スマホを見てたのに。  スマホを出す気もしなかった。  終点で降りて、駅の外に出る。電車に乗って、ばあちゃんちの近くへ。  その電車も、途中までしか行かない。あとはバスだ。  前に来た時は、両親と一緒であまり考えずにただついて行った。バス停、どこだっけな。  駅は無人。切符の回収箱が置いてある。 「――――……」  どこだろ。  ……さびれてんなぁ。  そう思った時、一緒に電車を降りた人と目があった。  年は、同じくらいかな。  あんまり田舎の人っぽくないから、オレと同じく旅行者だと、聞いても分かんねえかもだけど……。  そう思いながら、少しだけお辞儀をすると、相手も同じように頭を下げたので、とりあえず聞いてみることにした。   「あの、すみません、バス停がどこか分かりますか?」 「あ、バス停なら、あの大きな木の側ですよ」  そう言われて見ると、少し離れた先の木の近くに、なんとなくバス停みたいなものが見えるような……。 「ありがとうございます」 「いえ」  礼を言って離れる。  少し歩いて振り返ると、その人は見えなくなっていた。  ……にしても。人、いねえな。  しかもここからもっと田舎に行くしな……。苦笑しながら、バス停に近づくと。  変な紙が貼ってある。 『本日、運航休止』 「……は??」  何だそれ。そんなことあんの? 何で?  タクシーとかも居ないし。バス無くて、行けんのか……?  ……はー。ため息をつきつつ、とりあえずばあちゃんに電話をかけようとした時だった。  近づいてきた車が止まって、その窓が開いた。  男が運転、助手席に女。 「真田 碧(さなだ あお)さん?」  助手席の女が、オレを見ながら、笑顔で。  なぜか、オレの名を呼んだ。   ――――……誰。
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

187人が本棚に入れています
本棚に追加