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第3話 遠い記憶の中
オレのフルネームを笑顔で言った見知らぬ二人は、オレが辛うじて頷くと、車から降りてきた。
「真田 恵さんのお孫さんですよね?」
男は背が高い。見下ろされてる感覚。つか、オレ、一応百七十強はあるけど。でかいな。その男に聞かれて頷くと、そいつはにっこりと笑った。
「池藤環といいます。町役場の者です」
「私は、若槻芽衣です。私も同じく」
二人して名刺を差し出してくる。
町役場の人間が、何で、オレの名前と、ばあちゃんの名前を言うんだろう。
まさかばあちゃんに何か? と一瞬よぎったけど、ものすごくニコニコしてるから違うか、と自分で打ち消す。
「良かったです、入れ違いにならなくて」
女の方……若槻さんが、オレを見てそう言った。
「今日、バスのエンジンが入らなくなって、急遽運休になったんです。それで、拡声器で町に知らせて回ってたんですけど、そしたら、めぐばあちゃんが出てきて、困るーって」
ふふ、と楽しそうに笑う。なるほど、そういうことか。
「碧くんが来るからバスが無いと困るなぁ、って言うから、とりあえず私たちが迎えに来ることになって。ここ、タクシーも居ないですからね。個人タクシーを呼ぶことはできるんですけど、来るまでに時間もかかるし」
「なるほど……」
「とにかく乗ってください。めぐばあちゃんの家まで送ります」
言いながら、池藤さんが後部座席のドアを開けてくれる。
「ありがとうございます」
後ろに乗り込むと、二人も車に乗ってきて、すぐに走り出した。
「町に観光で来る人には、旅館の人達から連絡してますし、一応駅に、個人タクシーの電話番号と、町役場の電話番号も置いてはあるんですが……でもまあ、そんなにこの駅から個人で来る人、多くないですからね。もう少し前なら、いちご狩りとかで来る人も多いんですけど」
聞いてないことまで、たくさん説明してくれる、若槻さん。はぁ、と頷いていると、助手席からオレを振り返って、なんだか、じっとオレを見つめてくる。
「……なんですか?」
聞くと、いえ、と笑って、また前を向く。
年は、二人とも、オレと同じくらいに見える。
「めぐばあちゃんて呼び方なんですけど」
「はい?」
オレが話しかけると、また、少し振り返る。
「町役場の方は、皆、住人を名前とかで呼ぶんですか?」
都会ではありえないが、もしかして、ここらへんならあるのか? と思って聞くと。
ぷは、と若槻さんは笑い出した。
「まさか。なんだかんだ言って、万単位で人居るんですよ~?」
「じゃ、ばあちゃんとはどういう……?」
そういえば、池藤さんの方も、さっき、めぐばあちゃんて呼んでたよな。
「実はですね―」
楽しそうに笑って、二人は目くばせしあう。
何だろう、と思ったら「もともと家が近所なんです」と笑った。
近所、か……。
そう言えば昔ここで過ごしていた時。
近所の人たちは、第二の家族、みたいな。そんなところだった気もしてきた。
ばあちゃんと住んでいたのは、小学生の時。
じいちゃんの葬式で高校生の時に帰ってきたきり、だけど……。
ぼんやりとそんなことを考えながら、窓の外に目を向ける。
天気が良くて空が青い。
高い建物が無いので、空が広くて、圧倒される。
車の走っていない、狭い二車線のまっすぐな道路。
歩行者の信号は全部押しボタン式みたいで、まだ一度も止まらない。
木が、やたらでかい。
鮮やかな木の緑が眩しくて、目を細めた。
遠くに浅そうな川が見える。砂利の河原が広がっていて、なんだかあそこに降りたいな、と思う。
しばらく居るから、河原にも行こうかな……。
朝まで居た街とは、何もかもが違って見える。
時間が止まってるみたいな。
ほ、と息が漏れた。
遠い記憶のなかには、あったけど。
すげー……田舎だなぁ……。
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