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chapter2
ぼんやりと夕方の空を見ていたきみは、涼しげな顔で、強張っていた。ぼくは特に何も言い出さずにいた。煙草の残滓がころころと何処かへ去って行く。君はそんなものには目もくれなかった。
「ねえ」
ぼくはきみの呼び掛けにそっと振り向いた。
「柱が何本みえるの、目の前に」
「何の事?」
「気持ち良いわ」
「良い風が吹いてるね」
きみは何も応えなかった。多分、ぼくは間違えた事を言ったのだろう。傍にいるの背中は、何処か広く感じた。ここには居ないかのようだった。動いてくれよ、と吐息まじりの早口で、ぼくは言った。けれども君は動かなかった。
ぼくの頭の中では、ベートーヴェンの第14番、ピアノ・ソナタが、メトロノームの針のように坦々と鳴っていた。
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