「・・・秘密」

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         第二話 避雷針 「おはようございます。ハルス47世女王陛下」  片膝をついて深々と頭を下げた私達は、暫らく経っても彼女からの返事が無い事を訝しく思い顔を上げた。見上げたそのお顔は、先程の笑顔を引きつらせたまま固まっている。 「もう!!なんの嫌がらせ!?この庭では、その名前で呼ばない約束でしょ!?」  そして突然に怒り顔になった彼女に詰め寄られて、私達は慌ててチリジリに逃げ出した。 「その件は先日、お断りした筈です陛下!!」 「私はお断りをされたことを断ったわ!」 「断られたことをお断りされて、またお断りされたことを断った筈です!」 「お断りされたことを断ったことをお断りして……? ……あれ? もう!なにが何だか分かんなくなっちゃったじゃない!!とにかく、ここでは私のことは昔の様にクリケットって呼んでよ!!」  この国の王位は世襲制ではない。女王は、この国に住む女性の誰が選ばれても不思議では無かった。現女王が世界樹から受けた神託によって、次の新しい女王が決められるのだ。  この国の創設者である初代ハルス女王から始まり、現女王で47代目。かつて私達と一緒に野原を駆け回っていた少女が女王に選ばれてから、二十年以上の時が過ぎていた。   そして次期女王に選ばれた女性は、必ず世界樹の神託を受けることが出来る能力と、もう一つの能力も有していた。 【ミスフォーチュン・アクセプト】  それはこの国に起こる災悪を、替わりにその身で受け止める能力だ。いわゆる、この国に於ける避雷針のお役割。 「……もう!三人共、足が速すぎ!」  彼女が肩で息をしながら座り込むのを待って、私達は恐る恐る陛下に近付いて行った。もうお怒りが収まっておられたら嬉しいのだが……? 「ご無理し過ぎないで下さい陛下。大丈夫でいらっしゃいますか?」  そう言って、陛下のお側で膝をついた時だった。 「……捕まえた!」  突然、抱きつかれた私は言葉も出なかった。目を白黒させてアタフタするしかない。 「ソレイユ!それに二人共!クリケットって呼ばないなら、離さないから!」  そんなじゃじゃ馬ぶり全開の陛下に三人共、やれやれといった顔になる。 「クリケット。もう分かりましたから…… これからこの庭ではそう呼びますから、ソレイユのこと離してやって下さい。それにシアンが潰れてしまいます」  スカーレットの言葉を聞いて、クリケットはニッとした笑顔をみせた。 「よろしい。もう!最初から素直にそう呼べばいいのよ!いらない手間が、掛かっちゃったじゃない! ……ごめんねシアン、びっくりさせちゃって」  クリケットは勝ち誇った顔でソレイユの胸ポケットに手をやると、シアンを手の平に乗せて優しくキスをする。 「さあ、座って。今、珈琲を淹れるから」  そんな彼女の誘いに皆、オズオズと椅子に座るしかなかった。また何を言い出すのか分からなかったからだ。……暫くすると、それぞれの前にティーカップ並べられた。中には黒茶色(くろちゃいろ)をした液体が入っている。 「ふふっ、あなたはこっちの方がいい?」  クリケットはシアンをテーブルの上に下ろすと、同じく黒茶色をした豆を一粒目の前に置いた。シアンは、豆の匂いを珍しそうに嗅いでいる。  その様子を愛おしそうに見つめてシアンの頭を人差指で撫でている彼女は、あの頃の…… 只の幼馴染だった頃の、少女のままの微笑みを浮かべている。 「……こーひー?ですか?」 「ええ、先日レイが持ってきてくれたのよ。ねえ、レイ?この飲み物はね、とっても美味しいのよ。ほんとに魅了(チャーム)の魔法がかかったみたいに、不思議な味と香りがするのよのよね」  確かに、その黒茶色をした液体からは、今まで香った記憶がない不思議な香りが漂ってくる。 「……美味しい、ですね」  そして口に含むと、まろやかな苦みと少しばかりの酸味、そして香ばしい豆の香が口の中いっぱいに広がった。飲み込むと苦みは嘘のように消えて、優しい甘みが口の中に残る。 「でしょ?なんて言うのか…… 恋心を、凝縮したみたいな味と香り?」 「うん。昔、南コロンタを旅していた時に見つけたんだ。現地の人達があまり美味しそうに飲んでいるからなんだろうって。先日コロンタ王が送って来てくれたんで、皆にも飲んでもらおうと思ってさ」 「ふふっ、世界中の美味しいものや珍しいものを持ってきてくれて、いつもありがとうレイ。あなたのお陰で、何だか世界中を旅してるみたいな気持ちになるわ」 「いえいえ、クリケットや皆が喜んでくれるのが僕の一番の幸せなんで……」  レイは照れ臭そうな笑顔をみせた。クリケットはレイのお土産話を聞くのが何よりも好きだった。彼の話を聞きながら、皆で腹を抱えて笑い合った回数は星の数ほどだ。 「ふふっ、でも本当に美味しい飲み物ですね。話には聞いた事があったけど、こんな不思議な飲み物は実際に飲んでみないと理解(わか)らないですよ」  スカーレットも気に入った様子で、何度もおかわりをする程だった。 「ふふっ、みんな気に入ってくれたみたいで良かったわ」  私達が笑顔のクリケットからその話を聞いたのは、この珈琲と呼ばれる不思議な飲み物を飲み終わった頃だった。 「……今日は貴方達に話があるの。昨日の朝、世界樹様から新しい女王を誰にしたらいいのか神託がおりたわ」  彼女の話を聞いて、私の心臓は握り潰されたのではないかと思う程苦しくなった。      新しい女王選ばれると言うことは、同時にクリケットの死を意味していたから……    ―――――――――――――――――――――  青葉は部活動に向かう為、昇降口に向かいながら昼間視た夢の事を考えていた。  青葉には、物心つく前からずっと視続けている夢がある。  その夢は他の夢とはまるで違っていた。  ハッキリとし、香りまで感じ、触った感覚までいつまでも覚えている。  現実の世界と、まるで変わらない夢だ。  その夢にはいつも三人の男の子と、一人の女の子が出て来た。  ある日、仲の良い幼馴染だった彼らの一人が女王として選ばれ、その国に起こる災悪を代わりにその身に受け続ける役目を務める為に連れていかれてしまう。  自分を含め残された幼馴染達は、その少女クリケット・フェブルウスの力に少しでもなりたくて…… 一人は世界を股にかける伝説の冒険者に、一人は伝説の大魔術師に、そして……もう一人は王女を守る騎士として活躍していく。  そしてそれぞれの道でそれぞれが名を上げ、国の中心人物にまで上り詰めた三人は女王の側で彼女を支え続けている。  そんな夢だった。  何歳の頃から視ている夢なのかも覚えていない程に、ずっと視続けていた夢。  野原を4人が駆け回っていた時から今の状況に至るまで、まるで自分の記憶の様に覚えている。  ……きっと、私の前世の記憶なんだろう。  そんな風に青葉は思っている。  そして夢の中の私が心から愛していた、あの女性がもうじき死ぬという。  そこまで考えを巡らせて、青葉は軽く首を振った。  ………でも、どうしようもないんです。  もし、そうだとしても今の私には何も出来ないです。  例えあの夢が前世の記憶だったとしても、今の青葉にはどうしようも無い話だった。あの夢の出来事は別の世界の遠い昔の話で、今さら青葉がどうにか出来る事柄ではない。  青葉には、ただ夢を視続けることしか出来ないのだ。  しかし、だからと言って何も思わない訳ではなかった。現に青葉の心は大きく揺さぶられている。 「………………」  そんな複雑な心境で下駄箱の小窓を開けると、中には大量の手紙が入っていた。その内の何枚かは、パラパラと足元に落ちて散らばってしまった。  何の手紙かは、想像がつく。おそらくラブレターというヤツだ。  その手紙には話したことも無い誰かが、自分の事をいかに好きなのかを書き綴ってあるのだ。要するに、雌としての自分のが気に入った事が書いてある手紙だった。  青葉は溜息をつくと、無造作にその手紙をスクールバッグに入れた。  恐らく、この手紙を読む事は無いだろう。  気持ちというのがよく分からないから、というのがその理由だ。読んでしまうと、どうしても書いた人の心が伝わってきて疲れてしまうのだ。  青葉は出来るだけ気持ちというものを持たない様に、そして人と関わらない様にして生きてきた。話しかけられても無視するか、必要最低限の事しか話さない。  あまりに多くの人や幽霊の気持ちに関わってしまうと、心が疲れてしまうからだ。  心を平穏に保たなくてはいけない理由が、青葉にはあるのだ。    だから青葉は、本当に大切に思える、ほんの僅かな人達としか心を通わす事はしなかった。  それに………  関わったところで、どうせことな事にならないんです。  今まで自分の体質のせいで、生きている人には散々怖がられたり嘘つき呼ばわりされたり…… 傷付けられる事、ばかりだった。  そして幽霊達には無駄にちょっかいを出されて、危ない思いも何度となくしてきたのだ。  周りを軽く見回せば、行きかう同じ制服を着た人達や見たことがある先生達に交じって、明らかに校内に相応しくない恰好をした人達もウロウロとしている。それは全員、幽霊たちだった。更には明らかに人や幽霊とも違う異形の容姿をした、妖怪や精霊と呼ばれるモノたちの姿もチラホラと見受けられた。  ………いつもどおりの光景だ。  誰が生きている人で、誰が幽霊なのか、青葉は一目視ればわかる。何故なら霊達は、それぞれの色に輝いているからだ。生きてる人間や動物たちにも輝いている色はあるのだが、うっすらとしていて分かりずらい。  どちらに関わっても、な事は無い。   「………急がないと、部活が始まっちゃってます」  青葉は気持ちを切り替えると、急いで外履きに履き直した。自分は姉の紅葉が立ち上げた「オカルト研究部」という部活に所属している。と、言っても所属しているのは姉の紅葉と青葉の二人だけの小さな部活だ。  活動内容はオカルト全般の研究と、その研究を生かしてオカルトに関係する事柄で困っている人を助けるというものだ。  正直に言えば、自分の日常ともいえるオカルティックな出来事に興味は無かったし、まして人助けなどする意味が全然分からなかったが、大好きな姉の手伝いが出来ることが単純に嬉しくて手伝っている。  今日は授業中に居眠りしたせいで先生に呼び出されて、部活に向かう時間が遅れてしまった。お前は成績がいいが授業態度が良くないと、もっともな説教を30分近く聞かされていたのだ。  ……今日はいずみちゃんが、クラスメイトの男の人を連れて来るって言ってました。姉さんはいずみちゃんの彼氏じゃないかしら?って言っていたけど、もしそうなら絶対にその男の人は許せないです。  あの狭い部室の中で、姉やいずみが男の人と話していると考えるただけで軽く青葉をイラッとさせる。  そんな想いが、オカルト研究部がある旧部室棟へと向かう青葉の足取りを速足にさせた。
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