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マッチング
大会場はパーテーションで区切られ、いくつもの部屋が並んでいた。部屋の中は折り畳みの机がロの字に組まれ、今、その周りには女性10名がパイプ椅子に座り内側を向いている。私はその中の一人。
ロの字の内側には10名の男性が外側を向いて座っており、みんなスーツ。私たち男女は、各々対面して座っているのだった。
年齢は、男も女も大体30代から40代ってところ。
これは婚活パーティーの催し。
いくつも並ぶ部屋は、お見合い回転寿司の会場。今、各々の部屋ではここと同じように、男女が相対して座っているはずだった。
一人に10分づつの時間は結構長い。
各々5名の異性との対面を終え、休憩に入り、今、私はトイレから戻ったところだった。いいと思った人は、まだいないな。自らのアフロヘアーを自慢されたり、髭を自慢されたり。なんだろ。さて、後半が始まる。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
私たちは各々、平仮名で書いた下の名のプレートを胸に張っている。みつひろさんという顔艶のいい小柄な男性は、にこにこ笑顔に好感が持てる。
「みつひろです。35歳です」
「なおみです。31歳です」
「ショートヘアー、とても似合ってます。えくぼも可愛いです」
誉められてうれしい。この人、ちょっといいかも。
「ありがとうございます。みつひろさんも笑顔が素敵ですね」
「ありがとうございます。あの、なおみさん。お休みの日は何をされてるんですか?」
「ああ。私は映画を観たりしています」
「どんな?」
「フィルムノワールが好きです。知ってますか?」
フィルムノワールは1950年代あたりのフランスの犯罪映画群だった。相手にかましたわけではない。つい口から出てしまった。失言?と思ったら。
「ああ。いいですよね。僕も『マルタの鷹』先日観ましたよ。よかった」
ひゃあ。こんなところに共通点。私たちはお互いに好きな映画の名前を言い合った。ぴったりだ。マッチング。
「みつひろさんは、映画以外にどんなご趣味を持ってらっしゃるんですか?」
「あ。僕は」
そう言うとみつひろさんは、突然左手の人差し指と親指を自らの鼻の穴に突っ込み、鼻毛を何本か抜いたのだった。私は唖然とした。
「よく見てください」
「え?あ、はい」
そう言うとみつひろさんは、左の指の間に挟んだ鼻毛を右手で一本つまみ、テーブルの上に立てた。
「ほら」
「え?え?ほら、って?」
「立ってるでしょ」
「立ってますが」
鼻毛はその根に付いた肉芽の湿り気でテーブルに立っているのだった。
いや、でも、だから?
「見ててください」
みつひろさんは鼻毛を、抜いては立て抜いては立てして、テーブルの上に人の顔のような絵を描き切った。
「できました」
「何がですか?」
「これ、なおみさんの似顔絵です」
「いや。え?」
「僕、名人って言われてるんですよ。僕の趣味は鼻毛立てです」
鼻毛立て、ってなんだ。
名人だかなんだか知らないけれど、これはいかん。
フィルムノワールも吹っ飛んだ。
その時丁度、チンと鐘の音が鳴った。10分経過だ。
みつひろさんは立って隣に場所を移った。
「では後程」
「あ。はあ。いえ」
これはダメだよ、これは。
あとのフリートークの時間も話すことはありえない。
と思っていると次に私の前に現れたのは、絵にかいたような長身のイケメン、さとるさん。みつひろさんと同じ位の歳かな。プロフィールを見ると、医者なんて書いてある。もうここからはデトックスだ。
さとるさんの前には、先ほどみつひろさんが鼻毛で描いた私の顔がある。さとるさん、それを見て「はは」なんて爽やかに笑っている。
「鼻毛立て、ですね」
「さとるさん、ご存じなんですか?これ」
「ええ。勿論」
「もしかして、さとるさんも?」
「まさか。僕は」
はい。
「僕の趣味は腋毛立てです」
「いやああ!」
声が出てしまった。
つい立ち上がってしまった私に視線が集まる。私は周りを見渡した。鼻毛立てのみつひろさんの他に、アフロ自慢、髭自慢。女性に腕毛を見せている男もいる。今、私の二つ隣の男はシャツをまくり上げ、胸毛を自慢している所だった。ここはなんだ。
私はそのまま走って会場を出た。
係りの若い女の人が私を追いかけてくる。
「待ってください。なおみさん、どうされました?」
「帰ります!ここはなんですか?」
「ちょっと待ってください!」
私は彼女に腕を掴まれ止められた。
「なおみさん、どうされたんですか?」
「どうもこうも、ここはなんでこんな変な人ばっかり」
「沢山の部屋の中から、この部屋を選ばれたのはなおみさんですよ」
確かに、他にも沢山部屋はある。その各々で現在お見合い回転寿司は展開されているはずだった。でも。
「こんな部屋、選んでません」
「でも、なおみさんの番号は、ほら」
私は自分の胸のプレートを改めて見た。
け-15
それが私の番号だった。
「『け-15』は『け』の部屋の15番という意味です。毛自慢の男性が集まります」
え?いや、そうだったのか。
申し込みの時は忙しかったのでちゃんと読まず、ばたばたと入力してしまったが、まさか。
「帰ります」
「なおみさん、そうおっしゃらず。お部屋、チェンジできますよ?」
「ほんとですか?」
「はい」
せっかく勇気を出して参加したんだ。それなら。
「お隣のお部屋でキャンセルが出ました。女性が一人足らず、困っています。もしよければそちらで」
「お願いします」
「こちらへどうぞ。『へ』のお部屋になります」
やっぱり帰ります。
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