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「ね、お手洗い借りてもいいかな?」
梨沙は家主である文恵に向け、首を傾げた。長い茶髪がさらりと流れる。
「あ、うん。そこの右のドア……」
「オッケー。ありがと」
梨沙は笑顔で立ち上がると、トイレに向かった。文恵宅でやる初めての女子会、合コンの振り返り会をしていた。
しばらくして梨沙が戻り、つまみを食べながら「明日は日曜だしいいよね」と、もう一本缶チューハイを開けた。
「で、詩織、矢川君はどう? 詩織に猛アタックだったけど」
梨沙はにんまりと詩織を見る。
「うんまぁ、いい人だよ。ちょっと軽そうだけど」
詩織はお酒で赤く染まった頬を緩ませた。
「そう? 矢川君、居酒屋で偶然居合わせたあたし達を見て、詩織をどうしても紹介してって懇願するくらいだったんだから、大丈夫でしょ。デートしてきなよ」
梨沙にそう言われて、詩織は「うん」とはにかんでビールを飲んだ。文恵はその横で、空になった器や空き缶を片付ける。
「文恵ちゃんは、どうだった?」
梨沙が尋ねると、文恵は眼鏡を押し上げて「わ、私は……」と小さく首を横に振った。
「そんなに遠慮することないのに。恋しようよ、恋。いい機会だからと思って、恋に奥手な文恵ちゃんも誘ってわざわざ三対三にしたんだから」
梨沙と詩織はにやにやと笑う。だが文恵からすれば、これまでさほど交流のなかった梨沙が、どうして急に自分なんかを誘ったのか、こうして女子会を文恵宅で開きたいなどと言ってきたのか、謎が残るばかりだった。
ただ文恵にとって、合コンも女子会も初めての経験であることは事実。こんな機会でも無ければこの先も無縁だったはずだ。だから多少なり梨沙に感謝する気持ちもあったし、人気者の梨沙達を敵に回すつもりもない。拒んだり反論したりする気はなかった。
「じゃああの三人の中では、誰が一番タイプだった?」
興味津々な梨沙の眼差しが文恵に向く。
文恵は何と答えるべきか迷った。正直に森本と言っていいものか。矢川と詩織がいい感じとすれば、残る男二人のどちらが梨沙の好みだろうか。好みが被ると、いざこざになるのだろうか? しかし回答しないというのも、空気を悪くするかもしれない。
答えに窮している文恵に、ぐっと視線を合わせて梨沙は言う。
「ね、岡田君ならさ……」
岡田? 梨沙は岡田狙いだと釘を刺したいのだな? 文恵は梨沙と自分の好みが被らなくてほっと肩を撫で下ろし、笑顔で答えた。
「わ、私は、森本さんかな」
すると梨沙は、「そっかー」と頷いた。そこに詩織が、「梨沙はどうなの?」と入る。
「あたし? あたしはほら、先輩推しだから」
先輩とは、女性社員に人気の営業マンで、最近梨沙から文恵にサポート担当が変わったばかりだった。
夜が更けていく。「先輩かっこいいよねー」などと会話が続いていく。いつしか窓の外は、星のない真っ黒な空になっていた。
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