1/1
前へ
/8ページ
次へ

「ね、お手洗い借りてもいいかな?」  梨沙は家主である文恵に向け、首を傾げた。長い茶髪がさらりと流れる。 「あ、うん。そこの右のドア……」 「オッケー。ありがと」  梨沙は笑顔で立ち上がると、トイレに向かった。文恵宅でやる初めての女子会、合コンの振り返り会をしていた。  しばらくして梨沙が戻り、つまみを食べながら「明日は日曜だしいいよね」と、もう一本缶チューハイを開けた。 「で、詩織、矢川君はどう? 詩織に猛アタックだったけど」  梨沙はにんまりと詩織を見る。 「うんまぁ、いい人だよ。ちょっと軽そうだけど」  詩織はお酒で赤く染まった頬を緩ませた。 「そう? 矢川君、居酒屋で偶然居合わせたあたし達を見て、詩織をどうしても紹介してって懇願するくらいだったんだから、大丈夫でしょ。デートしてきなよ」  梨沙にそう言われて、詩織は「うん」とはにかんでビールを飲んだ。文恵はその横で、空になった器や空き缶を片付ける。 「文恵ちゃんは、どうだった?」  梨沙が尋ねると、文恵は眼鏡を押し上げて「わ、私は……」と小さく首を横に振った。 「そんなに遠慮することないのに。恋しようよ、恋。いい機会だからと思って、恋に奥手な文恵ちゃんも誘ってわざわざ三対三にしたんだから」  梨沙と詩織はにやにやと笑う。だが文恵からすれば、これまでさほど交流のなかった梨沙が、どうして急に自分なんかを誘ったのか、こうして女子会を文恵宅で開きたいなどと言ってきたのか、謎が残るばかりだった。  ただ文恵にとって、合コンも女子会も初めての経験であることは事実。こんな機会でも無ければこの先も無縁だったはずだ。だから多少なり梨沙に感謝する気持ちもあったし、人気者の梨沙達を敵に回すつもりもない。拒んだり反論したりする気はなかった。 「じゃああの三人の中では、誰が一番タイプだった?」  興味津々な梨沙の眼差しが文恵に向く。  文恵は何と答えるべきか迷った。正直に森本と言っていいものか。矢川と詩織がいい感じとすれば、残る男二人のどちらが梨沙の好みだろうか。好みが被ると、いざこざになるのだろうか? しかし回答しないというのも、空気を悪くするかもしれない。  答えに窮している文恵に、ぐっと視線を合わせて梨沙は言う。 「ね、岡田君ならさ……」  岡田? 梨沙は岡田狙いだと釘を刺したいのだな? 文恵は梨沙と自分の好みが被らなくてほっと肩を撫で下ろし、笑顔で答えた。 「わ、私は、森本さんかな」  すると梨沙は、「そっかー」と頷いた。そこに詩織が、「梨沙はどうなの?」と入る。 「あたし? あたしはほら、先輩推しだから」  先輩とは、女性社員に人気の営業マンで、最近梨沙から文恵にサポート担当が変わったばかりだった。  夜が更けていく。「先輩かっこいいよねー」などと会話が続いていく。いつしか窓の外は、星のない真っ黒な空になっていた。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加