1.恋人の浮気現場に遭遇しました

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 生え際が目立たない程度のダークブラウンの髪は、後頭部でひとつに束ねられている。  いつもはここまで地味じゃない。  今日は研修会だったからだ。  とはいえ、ブラウスが白ではなくカラーだったり、ボタンも一番上を外しているくらいの違いだが。 「夏依(かえ)!?」  ハッとした。  裸の女性に見とれている場合ではない。  やはり真っ裸の男、別れを告げていないからまだ私の恋人である(たく)が現れた。 「まさか、彼女!?」  女性が卓に聞いたが、卓は答えずに私に詰め寄る。 「会えないって言っただろ!」 「もうっ、サイアク! ちょっと! 私は彼女持ちだなんて知らなかったんだからね!? 恨まないでよ!?」 「三週続けてキャンセルしたお前が悪いんだからな!」  裸の二人が喚く。  そんなことより、寒くないのだろうか。  この状況で、そんなことを考えてしまうほど冷静な自分が嫌になる。  脇に抱えたバッグの中でヴヴヴッと振動がした。  こんな状況なのに、なぜか無性に気になった。  スマホを取り出すと、メッセージのポップアップが表示されていた。 〈叫べ〉  篠井さんからだった。  訳がわからなかったが、その通りにした。の前に、私はスマホを裸の二人に向けた。  結婚どころか婚約していたわけでもない。  証拠を押さえたところで、慰謝料を要求できるわけではない。  でも、写真を撮った。 「きゃあっ! 何すんのよ!」  ようやく、女性が胸と足の付け根を手で隠した。  片手では隠しきれないほどの胸が羨ましい。 「やめろ! ふざけんな!」  卓は隠すより先に、私に掴みかかった。  スマホを持つ手首を掴まれる。  私はスマホを落とすまいと、手首と指に力を入れた。  そして、叫んだ。力の限り。 「ぎゃーーーーーっ!!!」
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