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卓の目が私を見据え、卓の手が私に向かって伸ばされるのを見た瞬間、恐らく私の中の防衛本能が全身に警告を発し、私の肉体はそれに応えて瞬時にこの場で最も安全だと認識した場所に避難することを決めた。
篠井さんっ!
私は篠井さんの首に抱きつくと、彼の肩に顔を伏せた。
篠井さんの腕が私の肩と腰を抱き、隙間なくぴたりと身体が重なる。
「夏依!」
頭の上から卓が私の名前を叫んだが、その声よりも耳元に感じる篠井さんの息遣いに全神経が集中し、卓への恐怖はきれいさっぱり消えた。
「酒、飲むんじゃなかったな」
篠井さんが囁いた。
やめろとか離れろとか喚いている卓には、聞こえなかったろう。
実際、卓はその場で地団駄を踏むだけ。
私は篠井さんの言葉の意味がわからなかったけれど、考える余裕もなかったし、ただただ、早く卓が諦めて帰ってくれたらと思うばかり。
「やっぱり! お前も浮気してたんじゃねーか! 真面目そうな顔して――」
「――お前が夏依を裏切ってくれたおかげで、口説けたんだ」
そう言うと、篠井さんは顔を傾け、私の首にキスをした。
さっきとは違う。
確かに、触れた。
「――っ」
ちゅっと唇を押し付けて、すぐに離し、また口づける。
突然のことに固まってしまった私だけれど、次第にくすぐったくなって肩を竦めた。
「夏依は俺が幸せにするから、お前はあの女とよろしくヤッてたらいい」
そうだ。
卓にはあの女がいる。
一時の遊びだったとしても、セックスの相手をしてくれる女がいるのだから、それでいいのではないだろうか。
なぜ、何度も乗り込んでくるほど私に執着するのか。
「あの女とは、そんなんじゃない! あっ! そうだ! 写真! 写真を消してくれ!!」
写真?
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