10603人が本棚に入れています
本棚に追加
卓が前のめりになって私に手を伸ばす。
私は思わず彼に背を向けて俯き、目を閉じた。更には、手で口を覆う。
また、キスなんてされたらたまらない。
「触るな!」
卓が私に触れるより先に、篠井さんが卓の手から私を庇うように立ちはだかった。
そして、私が顔を上げた時には、篠井さんによって部屋の外に追い出された卓の顔がドアの隙間から一瞬見えただけで、すぐに消えた。
バタンッと勢いよくドアが閉まり、即座に鍵とドアロックがかけられる。
私はこの家の中から卓がいなくなってようやく、深く息を吸い込めた。
その場にずるずるとへたり込み、壁にもたれて蹲る。
「大丈夫か!?」
篠井さんが膝をつき、私の背中に手を添えた。
ゆっくりと息を吐き、吸う。
唐突に卓にキスされたことを思い出し、篠井さんを突き飛ばして洗面所に駆け込むと、うがいをした。何度も。
「悪い。ちょっと、遅かったな」
うがいしすぎて首が痛くなった頃、篠井さんが言った。
はぁと深く息を吐き、コップを置く。
「迷わなければ良かった」
「いえ。私の不注意です。でも、篠井さんがいてくれて良かった。ほんと……に――」
篠井さんがいなかったら、と思うとまた恐怖に駆られた。
考えたくはないが、キスひとつ払いのけられなかったのだから、それ以上のことをされても逃げられなかったかもしれない。
そう思うと、ゾッとした。
「もう、大丈夫だ」
篠井さんの身体が、肩が私の視界を塞ぐ。
ゆっくりと、私の反応を窺うようにそっと彼の腕が私の背中に回る。
トクントクンと、少し早い彼の鼓動が私の胸に伝わってきて、それに耳を澄ますように目を閉じた。
「こわか――っ」
「――だよな」
「気持ち悪かったし」
「ああ。ショック受けてたな、あいつ」
「ホントに気持ち悪かっ――」
「――忘れろ」
「うう~~~っ」
まったくもって可愛くない、喉を鳴らすような唸り声を発してしまった。
悲しいとか怖かったとかよりも、とにかく気持ち悪くて堪らない。
「口直しにビール飲むか」
「もうないですよ」
「マジか」
「篠井さんが飲み過ぎなんですよ」
「わり」
「歯磨きします」
「だな」
最初のコメントを投稿しよう!