5.交際を申し込まれました

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「ふむ」  餅が意外と柔らかく、口内の上に張り付いてしまい、舌先を駆使して剥がそうとする。 「まぁ、父親は? 嫌がってなかったみたいだからいーんだけど、俺はウザいなと思うわけ」  ようやく剥がれた餅を、梅サワーで流し込む。 「それで、ドライな関係?」 「まぁ、ドライな関係っつーのがどんなんかは俺自身よくわかってねーんだけど。あ、母親がよく言ってたな。お父さんなしには生きていけない、って。子供の頃はよくわかってなかったけど、大人になった今となると、愛情の問題なのか、金銭面の問題なのか……」 「金銭面?」 「専業主婦だったからな」 「ああ」 「ま、今も仲良くやってるみたいだし? どっちでもいーんだけどさ?」  ふと、先週末、買い物途中で見かけた親子を思い出した。  両親の気持ちというか考え方が少しズレていて、妻は苛立ちながらも子供と向き合い、夫は妻の苛立ちに気づいて気遣うつもりが方向がズレていて。  それでも、同じ道を歩く。  歩幅や速さは違っても、時々振り返って立ち止まりながら、同じ場所を目指す。同じ場所に帰る。  きっと、どこの家庭でもあること。  大なり小なり不満を抱えながらも、一緒に暮らしていく。  そんなものだと諦めたり、納得したりしながら。  それが、家族なのだろう。 「それが……一番ですよ」 「ん?」 「何があっても結局、ずっと一緒にいるのが……家族ですよ」 「?」  私はふぅっと小さく息を吐き、篠井さんを見た。  彼の結婚観を聞いておきながら、私は答えないのはフェアじゃない。 「私と兄は、祖母に育てられました」  卓にも、話したことがなかった。  正確には話そうとしたことがあったが、やめた。  なぜだか、彼に話すことに意味はないと思ったから。
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