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約半年ぶりに訪れたエタニティは、何も変わっていなかった。
木製の大きなテーブル。その向こう側の大木も相変わらず葉を茂らせている。
テーブルの前には、萩野凛子が立っていた。
「お久しぶりです。浩介さん」
浩介は、慌てて頭を下げてから、あれ?っと思った。
自分はこの人に名前を名乗っていただろうか…と。
凛子は、浩介に近づくと、抱えている木の葉にそっと触れた。
「お久しぶりです。今日は、全てをお話ししても、良いですね…?」
二人は椅子に座り、向かい合った。
凛子が入れてきたお茶の香りがふわりと漂う。
テーブルに例の木を置く。
「世間一般には知られていませんが、緑花症候群という病気があります」
凛子は静かに語り出した。
「それ単体で発症することは無く、多くの場合、事故や病気などで、人生の終わりが見えた方が発症する合併症です。今もはっきりとした原因は不明。発症した方は…だんだんと身体が木のように硬くなっていって…。人生の幕が引かれた時、身体は崩れ去り、跡形も残りません。ですが、唯一残るのが…球魂です」
「きゅう、こん……?」
「はい。球という字に、魂という字で、球魂と。我々は呼んでいます」
「もしかして……」
浩介は、とある可能性に行き当たった。
「……この球魂を、土に植えると、芽吹くんです」
「………」
浩介は、店内を見渡す。
ならば…ここにある木々や花々は全て…。
「発症した方と、きちんとお話をさせてもらって、希望された方のお世話を、私はさせてもらっているんです」
ということは…。ここにある、この木も、そうだということだ。
では誰なのか…。
凛子は、テーブルに置かれた木に視線を向ける。
「私は、この方と、直接、お話をしたことがあるんです。そして、この店には、必ず、ここにいる方達に縁ある方がいらっしゃいます」
「縁…」
「はい」
ということは、この木は浩介に縁がある…という事だ。
だから彼女は浩介の名前を知っていた。
しかし、思い当たらない。
自分の周りで最近そのような話は聞かない。
育ててくれた両親も健在…と、そこまで思い至った瞬間。
ガタンっ!と、イスを倒す勢いで浩介は立ち上がっていた。
まさか………!
頭の片隅で、子供のなく声が聞こえる…。
ぎりっ…と浩介は握りしめた拳が震えるのを感じていた。
「………ま…せん」
「…え?」
「うちにはいりません!」
「浩介さん…」
「うちの家族には、必要ない!!!」
浩介はそう言い放つと、入り口へ向かって大股で歩き出した。
凛子は慌ててテーブルの引き出しからとあるものを取り出し、浩介の後を追う。
「浩介さん!!待ってください!」
店を今にも出ていきそうな浩介の前に回り込む。
「せめて、これを…これを持っていってください」
「………」
「お願いします」
頭を下げた凛子が差し出したのは、一通の手紙だった。
浩介はしばらくそれを見ていたが、手紙を受け取り、乱暴にジーンズのポケットに突っ込むと、店を出ていってしまう。
凛子が振り返ると、木製テーブルにポツン…と置かれた木が、寂しげな気配を漂わせていた…。
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