4 緑花症候群

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 約半年ぶりに訪れたエタニティは、何も変わっていなかった。  木製の大きなテーブル。その向こう側の大木も相変わらず葉を茂らせている。  テーブルの前には、萩野凛子が立っていた。    「お久しぶりです。」    浩介は、慌てて頭を下げてから、あれ?っと思った。  自分はこの人に名前を名乗っていただろうか…と。  凛子は、浩介に近づくと、抱えている木の葉にそっと触れた。  「お久しぶりです。今日は、全てをお話ししても、良いですね…?」  二人は椅子に座り、向かい合った。  凛子が入れてきたお茶の香りがふわりと漂う。  テーブルに例の木を置く。    「世間一般には知られていませんが、緑花症候群(りょくかしょうこうぐん)という病気があります」  凛子は静かに語り出した。  「それ単体で発症することは無く、多くの場合、事故や病気などで、が発症する合併症です。今もはっきりとした原因は不明。発症した方は…だんだんと身体が木のように硬くなっていって…。人生の幕が引かれた時、身体は崩れ去り、跡形も残りません。ですが、唯一残るのが…球魂(きゅうこん)です」 「きゅう、こん……?」 「はい。球という字に、魂という字で、球魂(きゅうこん)と。我々は呼んでいます」 「もしかして……」  浩介は、とある可能性に行き当たった。  「……この球魂を、土に植えると、芽吹くんです」  「………」  浩介は、店内を見渡す。  ならば…ここにある木々や花々は全て…。  「発症した方と、きちんとお話をさせてもらって、希望された方のお世話を、私はさせてもらっているんです」  ということは…。ここにある、この木も、だということだ。  ではなのか…。  凛子は、テーブルに置かれた木に視線を向ける。  「私は、と、直接、お話をしたことがあるんです。そして、この店には、必ず、ここにいる方達にある方がいらっしゃいます」  「縁…」  「はい」  ということは、この木は浩介に縁がある…という事だ。  だから彼女は浩介の名前を知っていた。  しかし、思い当たらない。  自分の周りで最近そのような話は聞かない。  育ててくれた両親も健在…と、そこまで思い至った瞬間。    ガタンっ!と、イスを倒す勢いで浩介は立ち上がっていた。  まさか………!  頭の片隅で、子供のなく声が聞こえる…。  ぎりっ…と浩介は握りしめた拳が震えるのを感じていた。  「………ま…せん」  「…え?」  「うちにはいりません!」  「浩介さん…」  「うちの家族には、必要ない!!!」  浩介はそう言い放つと、入り口へ向かって大股で歩き出した。  凛子は慌ててテーブルの引き出しからとあるものを取り出し、浩介の後を追う。  「浩介さん!!待ってください!」  店を今にも出ていきそうな浩介の前に回り込む。  「せめて、これを…これを持っていってください」  「………」  「お願いします」  頭を下げた凛子が差し出したのは、一通の手紙だった。  浩介はしばらくそれを見ていたが、手紙を受け取り、乱暴にジーンズのポケットに突っ込むと、店を出ていってしまう。  凛子が振り返ると、木製テーブルにポツン…と置かれた木が、寂しげな気配を漂わせていた…。
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