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「理由は? 何でここを出て行きたいのか訊かなかったってのか?」
遼二は未だ信じられないといった顔つきでいる。だが、焔には彼なりの見当が浮かんでいたようだ。
「はっきりと二人の口から聞いたわけじゃねえが――ひとつには俺に対する遠慮という感情なのかも知れねえと思っている」
「遠慮?」
「そもそも冰をここに住まわせることになったのは遊郭街から救い出す為だった。その遊郭街から羅辰が消えたことで、いわば憂いが無くなったわけだ。今後は女衒によって無理矢理拉致されるような事案もそうそう起きん。そんな中で冰も爺さんも俺にこれ以上厄介になるのは申し訳ないと思ったのかも知れん」
「申し訳ないって……。まあ、その気持ちも分からねえでもねえが」
もしかしたら黄老人は、自分たちが厄介になっていることで焔の将来の足枷になるとでも考えたのだろうか。
「変な話だが、もう冰が俺に嫁いでくる必要もなくなったわけだ。元々は冰との婚約話とて羅辰を欺く為の一時凌ぎだったわけだしな」
このまま皇帝邸たるここで共に暮らしていれば、いずれ焔に本当の結婚話が持ち上がった際に自分たちが迷惑な存在になるとでも思ったのだろうか。人の好い黄老人の考えそうなことではある。
「だがな、カネ――。実際、それだけでもねえと俺は思っているんだ」
「それだけじゃねえってどういうことだ。他にも理由があるってのか?」
「――あるとすれば、逆の意味でだろうな」
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