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一方、冰の方である。
それはつい一週間ほど前のことだった。高校からの帰り道、冰は見知らぬ女に突然声を掛けられたのだ。
「雪吹冰っていうのはあなた?」
女は見た目だけでいえばかなりの美人で、着ている服も派手な感じの出立ちだった。冰のような学生にとってはおおよそ縁のないとでも言おうか、おそらくは夜の商売に身を置いているふうにも感じられた。
「あの……あなたは……」
「私はリリー。フレイの女よ」
フレイ――どこかの店の名前だろうか。女の雰囲気からして夜のバーか何かかも知れない。
「あの、雪吹は僕ですが……」
何のご用でしょうかと尋ねんとした矢先だった。
「あなた、フレイの邸に居候しているそうね?」
「居候……?」
フレイの邸――というからには、店などの名ではなく誰か個人のことを指しているのだろうか。だが、冰にはフレイなどといった知り合いはいない。当然、居候などとも無縁だ。
何か勘違いをされているのだろう、そう思った。
「あの、僕はフレイさんという方を存じ上げませんし、お人違いではないでしょうか……」
そう返すと、女は険のある表情でキッと睨みつけてよこした。
「しらばっくれないでよね! あなた、図々しくも彼の邸に住んでいるそうじゃないの!」
嘘をついても無駄よと言わんばかりに、相当苛立っているのが分かる。
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