0人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
猫みたいに鳴かない猫
生ぬるい空気の宵。
僕は、まだ慣れない街を歩いていた。
ひとり、心細く。
異国。
それに、紛れ込んだ。
そんな気持ちだった様に思う。
野良猫。
先週来た時は、このもっとずうっと先、徘徊の目的地からの復路の始まりくらい、見知らぬおばちゃんと野良猫を通じて挨拶した。
街の野良猫は、人慣れしている。
こんだけ人が居たら、そうかもな。
この日の猫も、手を差し出し呼ぶと寄って来て、指先のにおいを嗅いだ。
それだけ。
僕より、反対側に興味があるらしい。
猫の鳴き声。
すこし離れてるみたいだ。
そっちを見ている。
体のどこかが悪いのだろう。
しきりに横たわり、毛づくろい。
まだ生後1年経たないだろう。
野良猫は、痩せている。
そのちいさな命を、愛おしく、また、頼もしくも思う。
生きよう、決めた。
左目は目やにだらけ。
猫はどこか悪いと、目やにが出る。
確か、そうだ。
もう、頼もしさに溢れていた。
歯科医の駐車場。
鳴き声のほうへ。
行け!
そら、行け。
走って行っちまえ。
そしたら僕も、少し走ろうか。
眠気もきっと、覚めるだろう。
ところがかれは、少し歩いては横たわり毛づくろい、また歩いては、毛づくろい。
繰り返すばかり。
何やってんだ、逃げられちまう。
行け。
気づいた。
いや、気づいていた。
相手の声に呼応して、鳴く。
そのタイミングで、かれは、鳴かない。
いや、鳴いている。
確かに。
しかし、それは、猫の声ではなかった。
おかしいぞ。
こいつの近くに居ると、時々ハトが鳴く。
ぷるるる…
ぷるるる…
ぷるるる…
あ、こいつか。
確かに、こいつが鳴いている。
近づくまでもなく、お相手は去った。
かれはちゃんと鳴いているのに。
鳴いているつもりなのに。
何故かわからないのだろう。
そしてまた、横たわり、毛づくろい。
体のどこかが悪いのか?
それは、わからない、
かわいい猫。
けれど、例えばこの猫を近くの子供が拾って帰ったら、どうだろう?
あら、かわいい猫ちゃんね、ほらエサをお食べ。
ぷるるる…
どこか体が悪いのかい?ノミでもいるのかい?
ぷるるる…
おかあさん、この猫、ハトみたいな声しか出ないよ
ぷるるる…
ああ、薄気味悪いわね、
うん、おかあさん、薄気味悪いね、
ぷるるる…
そうして、もとの場所。
背を向け、すごい速さで走り出す子供。
半べそすらかいてる。
ぷるるる…
果たして、僕もそれに気づいてから背筋が寒い。
悪いが先を急ぐんだ。
特に用事はないけども。
背を向ける。
少し、早足で。
ぷるるる…
そんな鳴き方をする猫を、僕は後にも先にも知らない。
最初のコメントを投稿しよう!