猫みたいに鳴かない猫

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猫みたいに鳴かない猫

生ぬるい空気の宵。 僕は、まだ慣れない街を歩いていた。 ひとり、心細く。 異国。 それに、紛れ込んだ。 そんな気持ちだった様に思う。 野良猫。 先週来た時は、このもっとずうっと先、徘徊の目的地からの復路の始まりくらい、見知らぬおばちゃんと野良猫を通じて挨拶した。 街の野良猫は、人慣れしている。 こんだけ人が居たら、そうかもな。 この日の猫も、手を差し出し呼ぶと寄って来て、指先のにおいを嗅いだ。 それだけ。 僕より、反対側に興味があるらしい。 猫の鳴き声。 すこし離れてるみたいだ。 そっちを見ている。 体のどこかが悪いのだろう。 しきりに横たわり、毛づくろい。 まだ生後1年経たないだろう。 野良猫は、痩せている。 そのちいさな命を、愛おしく、また、頼もしくも思う。 生きよう、決めた。 左目は目やにだらけ。 猫はどこか悪いと、目やにが出る。 確か、そうだ。 もう、頼もしさに溢れていた。 歯科医の駐車場。 鳴き声のほうへ。 行け! そら、行け。 走って行っちまえ。 そしたら僕も、少し走ろうか。 眠気もきっと、覚めるだろう。 ところがかれは、少し歩いては横たわり毛づくろい、また歩いては、毛づくろい。 繰り返すばかり。 何やってんだ、逃げられちまう。 行け。 気づいた。 いや、気づいていた。 相手の声に呼応して、鳴く。 そのタイミングで、かれは、鳴かない。 いや、鳴いている。 確かに。 しかし、それは、猫の声ではなかった。 おかしいぞ。 こいつの近くに居ると、時々ハトが鳴く。 ぷるるる… ぷるるる… ぷるるる… あ、こいつか。 確かに、こいつが鳴いている。 近づくまでもなく、お相手は去った。 かれはちゃんと鳴いているのに。 鳴いているつもりなのに。 何故かわからないのだろう。 そしてまた、横たわり、毛づくろい。 体のどこかが悪いのか? それは、わからない、 かわいい猫。 けれど、例えばこの猫を近くの子供が拾って帰ったら、どうだろう? あら、かわいい猫ちゃんね、ほらエサをお食べ。 ぷるるる… どこか体が悪いのかい?ノミでもいるのかい? ぷるるる… おかあさん、この猫、ハトみたいな声しか出ないよ ぷるるる… ああ、薄気味悪いわね、 うん、おかあさん、薄気味悪いね、 ぷるるる… そうして、もとの場所。 背を向け、すごい速さで走り出す子供。 半べそすらかいてる。 ぷるるる… 果たして、僕もそれに気づいてから背筋が寒い。 悪いが先を急ぐんだ。 特に用事はないけども。 背を向ける。 少し、早足で。 ぷるるる… そんな鳴き方をする猫を、僕は後にも先にも知らない。
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