風の夜

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車中で目を覚ます。 昨今の流行り。 ここは観光地。 数年前から道の駅には車中泊が目立つ。 しかし、このくたびれた初老の男のそれは、そんな風潮とは関係ない。 数年前から、1年の半分くらいを車中泊で過ごしていた。 そして、いよいよ本格的に寝床が車だけになった。 春に妻を、夏に家族を、秋に家を失った。 そして迎える冬、今度は何を失うんだろうか? 事業、車、そして、命。 まだ失うものが、いくらか残っている様に思える。 何故失くしたのか? 妻は言った。 「半年くらい無収入でも暮らして行けるくらい貯金してから始めなよ」 その通りだった。 現実に、半年くらい無収入だった。 前職の上司は言った。 「やらない理由はいくらでもあるけど、やる理由なんてひとつもない」 その通りだった。 現実に、彼の風変わりな店にわざわざ立ち寄る理由なんて、ひとつもなかった。 計画性の欠如。 見立ての甘さ。 能力への過信。 他にない、面白い事をやればそこそこ流行ると思っていた。 美味しいものさえ食べさせてれば、どうにかなると思っていた。 それらの考えは、現実にはならなかった。 そして、諦めの悪い性質。 彼は妻に言った。 「もしダメだったら、寝ないで働けば良いんだ」 斯くして、それだけが現実になった。
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