第十話 コーヒーの香り

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「おっと。メール……まじかぁ。得意先の人が時間間違えて早く来ちゃったらしくってさ」  ……全く同じ。全く……。 「行くの?」  行っちゃダメ。……いつも通り一緒に出勤して。 「大きな取引先だから……無視できないよ」 「いつも通りでも間に合うよ」 「ううん、早めにいかないと」  謙太は私の制止を振り払った。一度決めたらその通りじゃないとダメな彼だから……謙太は慌ててカップを台所の流しに置いてスーツを羽織って家を出た。  同じ、あの夢……夢と……。  リビングのテレビ……あのドラマだ。結局時間が合わなくて見れなかった。  そしてあのナレーション。 「あなたはやり直したい過去はありますか?」  ……。  やり直しだなんて……!!  私はカップを置いてカバンと共に謙太を追いかけた。  謙太は陸上部で長距離走が得意だから追いつかない。私は全く運動ができない。  いつものヒールは履かなかった。スニーカーを履いた。いつもの道で走っているの?  もっと強く、行かないで! って言えばよかった。息が荒くなる。 「さきほど、○○駅において、人身事故が発生いたしました。このため、当駅を発車しません。現場の状況を調査し、安全確保のために運転を見合わせております。詳細な情報は、車内放送にてお知らせいたします。皆様にはご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません」  無理だった。  駅の前に混雑する人々。そしてアナウンス。  ……私は膝から崩れ落ちた。  謙太は死んだ。
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