先生は黒髪がお好き。

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「うん、わかってるわよ。髪の毛染めてみたい気持ちもあるんでしょ?あたしが言っているのは、自分で自分の責任を取りなさいってこと。それから……これは性同一障害の手術とか、そういうものとは違うってこと。髪の毛を染めるくらいいつでもできる。学生が終わってからでも全然いいはず。それを忘れないようにしてねってことだけ」 「…………」  言いたいことは、わかる。実際あたしも、今すぐ染めるなら親にお金を出してくれと強請っていただろう。そして多分却下されて、イライラを両親にぶつけてしまっていたかもしれない。 「それから」  ふふ、とマヤコ先生は柔らかい笑みを浮かべて言った。 「単純に、あたし、黒が好きなのよね。日本人の髪の毛の黒、とっても素敵よ」 「……地味じゃないですか。みんな同じ黒なんて」 「あら、そんなことないわよ。私には、どの黒も違う黒に見えるわ。貴女の髪の毛は少し茶色がかっている黒よね。その黒髪も素敵よ」  そうだろうか、と思わず己のもみあげの髪を触ってみる。細くて、ちりちりしていて、癖が強くて面倒な髪とばかり思っていたけれど。 「生徒のみんなの黒は、みんな違う色の黒。だからあたしは、そんな黒がいっぱいあるうちのクラスをとても素晴らしいと思うの」  でもそれはあたしの意見だから、とマヤコ先生。 「納得できなかったら、それでもいいわ。ただ、いろんな意見もあるんだなって思いながら、自分の意見をまとめてみてちょうだいね。考え方も、好きなものも、みんな違うからこそ意味があるのよ」 「先生……」  いろんな黒がある。そんなこと、考えたこともなかった。私は自分の髪の毛をひと房とり、しばらく考えこんでいたのである。  いつの間にか、マヤコ先生へのイライラした気持ちが薄れていた。  ただ、黒が好き。  いろんな黒が好き。  ひょっとしたら私はいつの間にか、そんな単純な気持ちも忘れてしまっていたのかもしれない。
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