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先生は黒髪がお好き。
「先生は感動しました」
この中学校に赴任してきたばかりのマヤコ先生は。私達二年二組の生徒を見回して、真っ先にそんなことを言ったのだった。
「なんとこの教室の全員が、見事な黒い髪の毛です!すばらし!」
「え、え?それ普通じゃ……」
戸惑ったのはこっちである。高校生ならば、髪の毛を染めている子もちらほらいるものかもしれない。しかしここは中学校、それもかなり地味な公立中学だ。髪の毛を染めている子など、学年に一人二人いるかどうかといった具合ではなかろうか(もちろん地毛が茶色いとか、ハーフとかいう子は除く)。
「それが、そういうわけでもないのよお」
中学校教師をやって数十年過ぎるというおばちゃんのマヤコ先生は、腰をかがめてちょいちょい、と手招きをしながら告げる。
「あたしがいた学校、校則で髪染めるの禁止だったのにだーれも気にしてなかったの!おかげでまあ、みんな頭がカラフルでしたこと。青い子でしょー、黄色い子でしょー、赤い子でしょー」
「信号機か!」
「いいわね高橋くん、ナイスツッコミ!でも信号機ならまだいいわ。教室に虹ができちゃうくらい、いろんな髪色の子がいたんだから。で、あたしは困ったわけ。校則違反はまあいいとして」
「いいの!?」
「よくないけどいいの!……あたしみたいにねえ、おばちゃんで老眼入ってるとねえ、あんまりカラフルな髪の毛が揃ってるとまー、目が痛くってえ……」
「それが理由かーい!」
あはははははは、と教室中が笑いに包まれた。このクラスに明るい子供達が揃っていた、というのもあるのだろうが――マヤコ先生は入学式直後のホームルームから、私達全員の心を掴んでみせたのである。
一応標準語っぽいものを喋ってはいるが、ノリは完璧に関西のおばちゃんだった。
取り立てて美人というわけでもない。若々しく見えるわけでもない。それどころか、ちょっとうざったいと思うくらい、何かにつけてべらべらと喋りまくるおばちゃん。
けれどそれが、不思議と嫌味にならないのが彼女だったのである。変な先生だ、そう思いながらも魅了されてしまうと言えばいいだろうか。私もその一人だった。
ただし。
――髪の毛、黒いってそんなにいいもんなのかな。
ジョークのつもりだったのかもしれない。ただ、私はどうしてもそれだけが引っかかってしまったのだった。
いつか年の離れた姉のように髪の毛を染めてみたい、そんな願望があったものだから。
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