影人間 3

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(この人とは合わない・・・) 影がぽつりとつぶやく。 「え?」 彼女が辺りを見渡すが誰もいない。 「空耳か・・・」 私はエコバッグを持ち直し、家路を急いだ。 彼女は忘れている。 「誰」ではなく、「影」がいる事を・・・ 私は進学で上京してから、実家とも地元とも疎遠だ。 実家は兄一家の代になり、地元に会いたい人はいない。 卒業し、会社員になってから数年経つが一度も戻った事はない。 大学でも会社でも自己紹介の挨拶をしただけで、 「真面目な方ですね。」 と言われ、距離を置かれる。 「仕方ないか。面白みのない人間って事よね。」 家と会社の往復の毎日。 「私」に不満はない。 (影には不満だった。) ・・・なんでお洒落しないのかしら? 影は毎日同じ服を着ているようにしか思えない服を着ている彼女に嫌気がさしている。 髪型も節約の為か、長いだけのストレート。 メイクは?ネイルは? アクセサリーは? 休日でも彼女は同じだ。 彼女がその気になるように、華やかな洋服を売っているお店に足を向けさせたが、時間ばかりが過ぎていた。 彼女の会社に中途である女性が入ってきた。 (わあ、私の理想の女性だわ) 同じような長い髪の毛をカールさせ、会社だから控えめだが、メイクもネイルもアクセサリーもおしゃれ。 (全てが私の好みだわ) あの女性の影になりたい・・・ いや、あの女性に・・・ 彼女が女性の指導係になり、どうかなと思ったが、 意外と地味な彼女と華やかな女性と馬が合ってるみたい。 そして、女性と彼女が大きな仕事を任され、一緒に行動する事が増えた。 彼女と女性が隣り合って仕事をしていた。 私はじっと女性を見つめた。 (ねえ、私の本体、素敵でしょ) 女性の影が話しかけてきた。 (本当にあなたの本体は私の理想だわ) 女性の影になりたい 女性になりたい 日に日に思いが強くなった。 (どうしたら・・・) 地味な彼女をマジマジと見た。 (あら?) 女性といるようになったからか、仕事の充実からか、彼女に光が見えている。 顔つきが柔らかくなり、明るくなった。 (これで女性のように、髪をカールし、明るい色のメイクをして、お洒落な服を着て、ネイルしてアクセサリーをつければ・・・) (そうだ) 一番簡単な方法だ。 (彼女を私の理想の女性にすればいい。誰かの影と入れ替わったり、影からその本人なるのは容易ではない。) 二人は仕事をやりとげた後、一緒に食事したり買い物や旅行に行くようになっていた。 女性からのアドバイスで彼女は以前とは比べ物にならない華やかさを身に着けた。 私は大満足。これならずっと彼女の影でいようと思った。 彼女が寝入った日。 (まだ、こんなところに・・・) 地味な彼女に戻らないように、彼女がクローゼットの端に置いてある以前の服を影の世界に投げ捨てた。
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