第5話 ぬり薬 其の五

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第5話 ぬり薬 其の五

 蓋の取っ手を摘まんで開けると、とてもいい香りが辺りに広がる。   「これ、肌艶と肌触りを良くするぬり薬ですねん。薬言うても化粧品のひとつやねんけど、これをひと塗りすればもう、しっとりすべすべお肌や! これ、際どい所までぬってるとこ、竜紅人(りゅこうと)はんに見せ付けたり! そんで手ぇ届かんから背中にぬってとお願いすれば、竜紅人はんもいちころや!」 「あー確かに竜ちゃん、あの顔でむっつりなところあるから、そういうのすっごい好きそう。それにこの香り……神澪酒(しんれいしゅ)入ってる?」 「流石は療はん! 今回は神澪酒房はんとの共同開発ですねん。真竜はんって神澪酒好きでっしゃろ? まさに竜紅人はんを誘惑するのに、打って付けのしなもんや! しかもこれ舐めても大丈夫なんやで!」 「あーうん、オイラこれ好きかも」    (りょう)は遠慮することなく、ぬり薬を少し手に取ると、自分の手の甲に広げながら塗る。そしてほら、と療は香彩(かさい)の手の甲にも、ぬり薬の白い塊を置いた。  香彩はおずおずと自身の手の甲に、ぬり薬を広げていく。優しい感触のするぬり薬だと香彩は思った。そして塗れば塗る程、自分の手の甲から仄かにいい香りがする。  塗り終わってみて、その違いはまさに一目瞭然だった。ぬってない方の手の甲と比べて、いつもより肌が白く艶のあるように感じる。そして何よりぬり薬独特のべた付きがなく、しっとりとしているのにすべすべとしていた。   (……これを全身にぬったら、どんな感じになるんだろう) (こんなにいい香りがして、艶のある肌になったら)    うっかり触れてみたくならないだろうか。  全身にぬっている自分を見て、ぬってやろうという気にならないだろうか。  そうしてついに、手を出したくならないだろうか。  香彩は肌触りの良くなった手の甲に触れながら思う。思えば自分から夜の営みについて、積極的に誘ったのは、本当に一番初めだけだったような気がする。   (……誘ったというよりあれは……)    本来なら駄目なやつだ。  あれ以降、色々あって心を通わせてからは、常に手を出すのは竜紅人の方からだった。私室で一緒にいる時は触れられることが当たり前になっていて、気付けばそれが営みの始まりになっていることが常だった。嫌だと思ったことなど一度もなく、竜紅人の言われるがまま、竜の聲に従うがままに受け入れていた。  きっと初めはそれでも良かったのかもしれない。だが長く共にいる内に、新鮮味が薄れ、手を出してもつまらないと思われ始めたのだとしたら。   「──買う」 「香彩はんなら、そうゆうてくれはると思とってん! 毎度あり~! これで竜紅人はん、悩殺のめろめろにしてきぃや~!」           *** ※お試し版はここまでです。 こちらから先は、現在Kindleにて配信中です。読み放題対象です。 香彩は無事、竜紅人を誘惑出来るのか! お楽しみ頂けましたら嬉しいです。 どうぞよろしくお願い致します。
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