植木鉢

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植木鉢

 テキ屋のAさんは、今から20年ほど前ヤクザをしていた。  当時下っ端だったAさんは、シノギでちょっとしたミスをしてしまい、罰として『植木鉢』の世話に回されることになった。  『植木鉢』とは何なのか、その時のAさんは何も知らなかった。  『植木鉢』は明らかな隠語である。花壇や盆栽の世話などでは決してない。Aさんは真っ先に違法薬物の栽培を疑ったが、どうやらそっち方面の話でもないらしい。  では、いったい何なのか?  兄貴分や他の暴力団員に聞いても、誰も何も教えてはくれなかった。  ただ、Aさんが『植木鉢』の世話に回されたことを知ると、全員が憐れみを込めた目でAさんを見つめ、肩を叩いてきた。  (俺はいったい、何をやらされるんだ?)  Aさんは戦々恐々としながら日々を過ごした。    数日後。  Aさんは兄貴分のヤクザに連れられ、某県の田舎町にやってきていた。  『植木鉢』の工場は、その田舎町の片隅にひっそりと建てられていた。  建物には建前として※※自動車という屋号が付けられていたが、修理工場というより何かの実験施設にしか見えない。運搬口に取り付けられたシャッターは、ただの修理工場にしては不釣合いなほど頑丈な代物であるし、パッと目につくだけでも4台の監視カメラが壁や庇に設置されている。明らかにまともな場所ではなかった。  Aさんと引き継ぎ役の兄貴分が車を降りると、勝手口から一目で同業と分かる巨漢の男がのっそりと現れた。  筋肉で皮膚がはち切れんばかりのその巨漢は、山田と名乗った。彼が、『工場』の責任者だった。  お互い名乗りを済ませ、兄貴分が去ると、山田は『工場』の中にAさんを招き入れた。  内部の造りは病院に似ていた。広い廊下があり、左右に鉄製のドアがある。Aさんは山田同様土足で中に入ったが、歩く度に何かが軽く足にへばりつくような、何とも言えぬ不快感を感じた。  『1ヶ月未満』  ドアプレートにそう書かれた部屋の前で、山田は立ち止まった。  「まずはここからだな。この部屋に『植えられている』のは、1週間前に連れてこられた奴らだ」  え、と言う間もなく、山田は部屋の扉を開けた。扉は鋼鉄製で、厚みが10センチほどもあったが、山田は軽々とそれを開けてみせた。  扉を開けた途端、不潔な人間特有の悪臭が束になってAさんの鼻腔を襲ってきた。  そこに、人間が植えられていた。  文字通りの意味である。口にダクトテープを貼られた男が3人、首から上だけを出された格好で床に埋められていたのだ。首筋にはチューブが差し込まれており、何らかの薬品が入った点滴に繋げられている。  男の1人が、Aさんと山田の姿を見つけて激しく首を振った。口を塞がれているため何と言っているのか分からないが、目が「助けて」と訴えていた。  「あと4、5日ってところだな。もう少しで、人間が『薄く』なる」  山田が意味の分からないことを言い、まるで何事もなかったかのように扉を閉じた。閉める間際、先程の男が死にかけの魚のように激しくもがいているのが見えた。あとの2人は、最初から最後までぴくりとも動かなかった。  Aさんは鳥肌が止まらなくなった。  (薄くなるとは、死ぬという意味なのだろうか?)  Aさんはそう考えたが、現実はそんなものではないことを、彼はすぐに知ることとなる。    続いて、山田は『半年以上、1年未満』と書かれた部屋の前に立った。  「本来は間にもうちょっと『工程』を挟むんだがな。とりあえずここが1番『分かりやすい』から、中を見てみろ』  そう言って、扉を開けた。  動物園の匂いがした。  中には、またもや3人の男が埋められていた。一目見ただけで正気を失っているのが分かる。男たちは肥えたミミズのように緩慢に頭を動かし、焦点の定まらない濁った目を宙に向けていた。Aさんは悍ましさと嫌悪感に思わず目を逸らしそうになったのだが━━  違和感を感じた。  何かがおかしい。・・・いや、おかしいというのなら、今のこの現状の全てがおかしいのだが、そうではなくて、もっと根本のところで何かがおかしいと脳が訴えていた。  Aさんは目を細めて男たちを見やる。  「・・・え」  そして、気付いた。  植えられている男たちの首が、異様に長いことに。  首の長さは人それぞれである。しかし、男たちのそれは常軌を逸していた。  目算ではあるが、軽く30センチを超えているのではあるまいか。普通の人間が、普通に生活して辿り着けるような長さではない。それこそ首長族のように、幼少の頃からリングを嵌めて矯正でもしない限り、これほどの長さにはなるまい。  思わず山田の方を見やると、彼は何故か得意げな笑みを浮かべていた。  「どうだ、すげぇだろ? たかだか一年足らずでも、人間の首ってのはここまで伸びるもんなんだよ」  ━━━コレが、ウチの自慢の『商品』さ。  山田は金歯だらけの歯を見せ、豪快に笑った。           ※    工場の目的は、首の長い人間を『生産』することだった。  「最初に『コレ』に気付いたのは俺たちの同業でな。そいつはどうしようもない残虐な奴で、組の金を盗んだか女を盗っただかした奴を一年ほど『埋めていた』んだってよ。んで、その植えた奴を世話していた下っ端が、ある日もう辞めさせてくれってソイツに頼みに来たんだ。その世話役ってのも剛担な奴だったらしいんだが、その時は見る影もなくやつれ果てていてな。どうしたんだって聞くと、とにかく『アレ』を見てくれって言うんだ。それで、ソイツが一年前に植えた奴を見に行くと━━」  そこには、首が異常な程長くなった男がいた。  「流石のソイツもたまげてな。世話役にどうしてこうなったって聞いたらしいんだよ。世話役は何も知らない、していないと答えた。ただ━━」  男の首が、日増しに伸びているような気はしていたらしい。  「それをそいつは気のせいだと思っていた。わざわざ確かめることも、毎日チェックすることもしなかった。それも仕方のないことさ。どう考えても重要なことではないし、地面に一年近く埋められて正気を失っている男の姿なんて見たくもねぇ。世話役は、男の姿をなるべく見ないようにしていたらしいが、ある日、『気のせいだ』と誤魔化せないくらい男の首が長くなっていることに気が付いたんだ」  原因は不明。栄養剤以外、特殊な薬物を与えている訳でもなかった。  「ただ、仮説はあった。キリンの話を知っているか? 元々キリンは首の短い生き物だったが、高い木の枝にある餌を食べたいという欲求が反映して、今の姿に進化したという話だ。それと同じで、埋められている奴も、外に出たいという欲求が反映して、自分の首が長くなるよう進化したんじゃないかって、ソイツは考えたんだよ」  その仮説を実証するために、そのヤクザは『お仕置き』が必要な奴を何人か集めて実験をしたらしい。  「結論から言うと、ソイツの仮説は当たっていた。半年を過ぎる頃になると、『植えた』奴らの首はどんどん長くなっていった。ただ、失敗もあった。伸びなかったり、死んじまったり、『別のこと』が起きたり様々だ。そういう紆余曲折を経てマニュアルが完成し、こうして工場で大量生産できるまでに成長したって訳だ」  「・・・」  山田の話を聞き終える頃には、Aさんの口の中はカラカラになっていた。  にわかには信じ難い。しかし、信じるしかない現実が目の前に広がっていた。  ただ、一つだけ、Aさんにはどうしても気になることがあった。  「・・・あの、すいません。自分、どうしても分からないんですけど、首の長い人間なんか作って、いったいどうするんですか?」  その理由が、まるで想像がつかない。  山田はAさんの質問を受け、獰猛に笑った。  「さっき言っただろ? 『商品』だって。商品ってことはつまり、売るんだよ」  誰に?  拷問のような扱いで強制的に首を長くさせられた上に、正気まで失っている人間を、わざわざ買い取る人間がいるとはとても思えない。  「ところがいるんだよ。海外の金持ちの変態にはな、『普通の人間』はもう飽きたってのがゴロゴロいるんだ。ウチの『植木鉢』は、そういう連中に高く売れるんだよ」  そう言って、山田は腹を揺らして笑った。  Aさんは引き攣った笑みを浮かべたまま、ただ黙ってその笑い声を聞くことしかできなかった。           ※  その後、Aさんは『植木鉢』の工場に半年勤めた。  Aさんは工場内で一番の下っ端であったため、彼が任されたのは『植木鉢』には関係ない、雑用仕事のみだった。  それが幸いだった、と彼は語っている。  Aさんは、工場の中で様々なモノを見た。  山田が初日に言っていた『工程』の中身もすぐに知ることになった。  それは、思い出すだけでも吐き気が込み上げてくる内容で、もし自分がそれに加担していたなら、俺はとっくに正気を失っていただろう。Aさんは青い顔でそう言った。  彼は厳つい顔立ちで、怖い物など何一つ無さそうな見た目なのに、その話をする時は子供のように怯え切ってた。  Aさんがもし半年以上工場に勤めていたら、彼は見習いを卒業し、様々な『仕事』をやらされる羽目になっていただろうが、幸いにもそうはならなかった。  そうなる前に、工場は閉鎖させられたからである。  詳しいことは本当に分からない、とAさんは語る。  僅かに伝え聞いたところによると、彼のような末端構成員には仰ぎ見ることすら出来ないような『上』の方で何か大きな『しくじり』があり、その煽りで、工場はおろか所属していた組まで解散させられる羽目になったらしい。  山田や他の構成員とは、工場の閉鎖以来会っていない。しかし、山田は随分前に風の噂で死んだと聞いた。  ━━━自分もいずれそうなるのではないか?   Aさんは人の目を避け、常に周囲を警戒するような生活を送った。しかし、今日に至るまで、彼が何かの危険に巻き込まれることは無かった。  恐らく自分は1番の下っ端で、知っていることも少ないだろうから見逃されたのではないか?  Aさんは、そう推測している。  栽培していた『植木鉢』や、出荷した『植木鉢』がその後どうなったかについては、想像もつかないという。                    <了>  
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