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龍と女の兄嫁
冬の間は、泉も凍る。
女は、度々、凍る水面に声を掛けにきていた。
『そう言えば、このところ姿が見えぬな』
「名主の娘ですから。春に向けて忙しいのでは」
『確かにな』
わずかながらも、春を運ぶ精霊達の気配もしており、そろそろかと古老の鯉と話していたその時。
「失礼をいたしまする! どなたか、どなたか、おられませぬかあ!」
龍と鯉は、女よりは年嵩の、必死な声を聞いた。
『何者か。だが、私利私欲の声音ではないな』
できるかぎりしぜんに、薄くなった氷を割る。
そして、龍は古老に仔細を頼んだ。
「畏まりました」
泉の端に顔を出し、女の話を律儀に聞いていた鯉。
戻ってすぐに、伝えられた内容は。
なんと。
龍達が知らぬ間に、殿様の嫡男が、女を側室にと望んだらしい。しかも、無理やりに。
名主はもちろん、殿様までがそんなことを許せるか、と怒り心頭に発される有様。
嫡男もとい馬鹿息子。「恥知らずめ」と蟄居(謹慎刑)を命じられたそうだ。
それを逆恨みした嫡男、愚かにも、女がたまに読み書きを教えている寺子屋に押し入り、子どもを人質にしたという。
「あたくしは、あの子の兄の妻でございます。あの子は、子ども達の代わりになろうとしておりまする。この泉におられますお方様が、天狗様か、どなたかは存じませぬ。ですが、あの子が人ではないお方を思うておりますのは、家族皆が知りますこと。どうか、どうか、お助けを!」
泉の端に身を寄せて、平身低頭。冷えた草木は、冷たかろうに。
龍の姿は、術により、人には見えぬが、これほどの意志を持つものにならば、姿を示してやってもよい、と龍は思う。
『……よくぞ、我を頼ったな』
女の為に。
そう願った、その瞬間。
龍の鱗の色は、変化した。
力が、戻った。
これならば……飛べる。恐らくは、我が故郷、幻獣界へも。
しかし、今は。成すべきことを。
『鯉よ、礼を言う。わたしの力が戻った』
古老の鯉は、へへえ! と、水中で伏しに伏す。
龍は古老を見る。そして、水中から外へと動いた。
『寺子屋と、城の方向を、教えよ』
女の嫂は、平伏しながら指で方角を示した。
「このまま真っ直ぐにございます。小さな寺と、大きなお城が」
『北か』
泉が、輝き。
龍は、飛んだ。
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