龍と古老の鯉

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龍と古老の鯉

『何故、そうなるのだ! そう、そうだ! あのように愚かな存在のことも! 何故、わたしに伝えなかった? 義理の姉がよきものでなければ、お前はあの時……!』   あの名刀、よき刀。そして、僧侶達のことを思い出せば。  最悪には、至らなかったかも知れぬが。  それでも。  龍が女を助けた、あの時。  あの、陽のように笑う、この女に、もしも、があったとしたら。  考えるだけで、龍は、身が震える思いがする。  だのに、女は叫ぶ。花嫁衣装のままで。 「ですが、龍様にあのような()れ者のことをお話しましたら、皆に、龍様のことが知られてしまうではないですか! それは、嫌でした!」  ……嫌、とは。  龍が思案していると、古老の鯉が間に入ってきた。 「恐れながら。このものは、龍様と、誓約を交わされたと思うていましたのではござりませぬか。自分が他のものに龍様のことを話しましたらば、龍様はお姿を示されなくなられる、とか」 『そ、そうか。それは……』  確かに、龍が女と交わしたのは、互いが誓う、誓約。  異世界での誓約など、さすがの龍も、正直、仔細は解らぬが。  それを見抜いたのか、鯉よ。  ……いや、そうか。 『この土地の水を守りしは……か』  龍は、理解した。  何故、異世界の自分が、この泉に落ちたか、を。 『古老の鯉殿。其方は、知っておったのだな。わたしが、に落ちることを』 「恐れながら。貴方様が異世界から参られしこと、幻獣王様よりお言葉を頂戴してございました。我が夢にご足跡をお残し下されましてございまする」  幻獣王様御自らの、夢渡り。なんという、栄誉か。  つまりは、古老は、鯉は。それに足るものということ。  龍も、聞いたことがある。鯉は修業で、龍にも成ると。  もちろん、血の滲むような業だ。  それが、ここに、か。 「いえいえ、それはありませぬよ。ただの、長く生きました鯉にございます」  龍の思いを知るかの如く。  古老の鯉は、朗々と語る。 『異世界に住まう龍が、そちらの世界に落つ。その龍は、若いが心身共に溌剌(はつらつ)たる、よきものである。異なる世界にても厚顔たる振る舞いはせぬはず。どうか、よしなに』 「そして、幻獣王様はこうも仰せられました。貴方様に『真に心を通わすものが現れしとき、その身に力が戻り、己が身も、世界に帰ることが(あた)う』と」 『そうか、それは……ありがたきお言葉だ』  だが、それならば、尚のこと。  龍は、強く思う。  わたしは、是が非でも女を説得せねばなるまい、と。 ※痴れ者……ばかもの。あほう。
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