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龍と女と出水
「あたし、龍様に触れているんですね」
遠慮がちに龍の背にのった女は、三日三晩、まともに床で寝ていないとは思えないほど艶やかな姿となっていた。
美しい花嫁衣装と相まって、本当に、龍へと嫁ぐかのようだ。
『何を言う。お前にだけは、目眩ましの術を掛けずにいたではないか』
「ですから! 直に、龍様に触れたかったのです!」
頬が、少し膨れた。
『背にのっておろう? 許せ。その顔も餅のようで愛らしいが、お前は、そう、わたしの嫁なのだろう?』
「はい……」
今度は、何だかしおらしい。ついさっきまでは餅のようであったのに。
人の感情は、龍には、やはりよく分からない。
触れたい、とは?
不可解だ。しかし、不快ではない。そう思いながら、龍は空に向かう。
『よし、近いな』
水源までは、あっという間。
「それは、龍様の近い、でございます!」
『そうか』
「けれども、殿様の御領地です。ありがとうございます!」
『何を言う。お前も水場を起こすのだぞ。わたしと共に来るのだろう。ならば、起こせ』
「ええ……はい、分かりました」
戸惑いながらも、女は嬉しそうだ。
「分かりました!」
『難しいことではない。水に、頼む。わたしに続け』
「はい」
『水よ』
「水よ」
『出でよ』
「出でよ」
『異なる世界に渡る』
「異なる世界に渡る」
『我らが、願う』
「我らが、願う」
『残りしもの達の為に』
「残りしもの達の為に」
『枯れぬ水場と成りしを願う』「枯れぬ水場と成りしを願う」
龍の声と、龍の背にのる女の声が、重なった。
途端に、水が噴き出す。
『よし、行くぞ。背から離れるでない』
「離れろ、と仰いましても、離れませぬ」
くるり、と龍が空に舞う。
龍の背の、花嫁衣装の女は、誰が見ても、どこから見ても幸せそうで。
目には見えぬ速さの、龍と、女は。
……空の彼方に、溶けていく。
『どうか、ご多幸を』
見えるはずもない、その様を。
泉の古老。
鯉だけが、見送っていた。
そして、あらたな出水と、泉の水は。
きらきらと、輝いていた。
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