龍と女と遥か

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龍と女と遥か

「お姉ちゃん、これが、その泉?」 「うん、龍の出水(イヅミ)。博物館で見たでしょう? きれいな刀。あの刀も龍さんのおかげで守られたんだって。お殿様の子どもが悪い人で、刀を盗んで皆を怖がらせたから、龍さん、こらっ! ってしたんだよ」 「すごいね! じゃあ、名主(なぬし)さん、の娘さんは、龍さんのお嫁さんになれたの?」 「うん、龍さんの故郷に、一緒に行けたんだって」  女児と、少し年の離れた姉が、泉の前で仲良く会話をしている。  二人は、博物館で国宝級の刀を見学して、近くの泉にやって来たのだ。  正しくは、泉、ではなく、出水(イヅミ)。  この地方の観光地である博物館の近く。  出水は、ひっそりと、こんな風に、たまに訪れる人を待っている。  博物館のあと、ここを訪れる人は少ない。  少ないながらも、訪れる人からはたいへんに好かれている場所だ。  そう、この姉妹もまた。  姉が妹に、水筒のコップを渡す。 「この蛇口、あの泉のお水を引いてるんだって」  泉のそばにある蛇口をひねり、水を注いで妹に。 「ありがとう。おいしい! はい、お姉ちゃんも」 「ありがとう。お母さん達にも。龍さん、娘さん、いただきます」  姉が一礼して、空の水筒を蛇口に差し出す。 「あれ、出ないね」 「あ、いただきます!」  妹が姉にならうと、さあ、っと清浄な水が流れ出た。  水筒に無駄なく入り、適量で止まる。 「すごいね。でも、一応蛇口は締めようね」 「ね」  「「ありがとうございます」」  今度は、二人で一緒に礼。  よくできました、とばかりに。  涼やかな風が吹く。 「あ、そうだ。読んであげるね」 「うん!」 「龍の泉が輝く時、娘は龍と共に異なる世界に旅立った。泉は龍が興した出水。娘は家族や皆から贈られた花嫁衣装で、誰よりも幸せな顔で、龍の背に、のっていたそうな」  姉が妹に、泉の解説を読んでやる。 「そして、この泉は」  妹も、読めるところを続けて読む。 「どんなに雨が降らぬ時も、常に。水を求める者に、枯れぬ水場として、水を与えた。必要な分と、多少の貯え。それを守れば、この泉はこれからも、湧き続ける。異世界での龍と、娘の仲のように、永遠に」  「えいえん。ずっと?」 「そうだね」 「そうかあ」  妹は、もう一度、今度は水筒から、コップに水を入れてもらい、飲んでいた。  すると。 『そう、あたし、龍様のことが、ずっとずっと、大好きなんだ!』『おい、人の子を惑わすな!』  声が、聞こえた。 「娘さん、龍さん?」  声を聞いた妹は、言った。 「そうだよ、よく覚えたね、すごいね」 「うん!」  妹は、大好きな姉に、何かを伝えたかった気がした。  だが、姉に、えらいえらい、となでられているうちに、忘れてしまった。 「博物館に戻ろう。お父さんとお母さん、待ってるよ」 「うん!」  姉と仲良く手をつなぎ、二人は博物館に戻って行く。  水の入った水筒も、一緒に。 『そうだ、それでよいのだ』『ですね』  誰も拾わぬ、彼方からの声。  すると、御意(ぎょい)、とばかりに、泉の奥でぱしゃり、と鯉が跳ねた。  出水(イヅミ)は、湧く。  きっと、今日も、明日も。  浩々(こうこう)と。  (あたか)も、龍の泉を輝かせるかの如くに。 ※浩々と……水が一面にみなぎる様子。
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