紅刀の用心棒は魔法を知らない

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 スキル<断の奥義>  あらゆるものを切り裂く剣技。  装備品を含めた最終攻撃力値に防御力値を加えて放つため、スキル使用者はその瞬間、完全な無防備になる。  カウンター攻撃を食らえば諸刃の刃で死に直面するほどの大ダメージを負うが、その一撃は文字通り命を賭けた必殺の一撃である。  相手のあらゆるバフを無効化し防御力だけでなく魔法防御力をも無視することができる。ただし、あらゆる回復アイテム、スキル効果をもってしても、スキル使用者の防御力ゼロ状態は解消されず、文字通り起死回生の一撃となる。  よって今日に至るまで、このスキルの使い手が世に勇名を馳せた歴史は存在しない。まさしく死と隣り合わせのスキルだからだ。  風圧がすべての音を消し飛ばし、耳を劈くような音が返ってくる。それと同時に閉じられていたすべての感覚器官が戻ってくると最初に聞こえてきたのは受付嬢の叫び声だった。  なにやら必死に叫びながらこちらの無事を確かめている様子だったが、某はそれよりも先に真っ先に砕けた土の檻に駆け寄った。砂の小山の前まで行くと、おもむろに腕を突っ込む。そして砂を掻き出し、一心不乱に掘り起こす。  すると土の中からずるりと細い人間の腕が飛び出した。まぎれもなくカンナの腕だ。カンナの周辺にある土をできる限り掻き出し、土の重みが少なくなったカンナの身体を抱えて、一気に引っ張り出す。  勢い余ってカンナごと後方に倒れてしまったが、なんとか砂まみれのカンナを引っ張り出せた。カンナの鼻さきに指を持っていくと、かなり浅いが呼吸はしていた。  あまり身体を揺らさないように、ぐったりしているカンナを背負う。受付嬢に向かってカンナの負担にならないように近づきながら。 「カンナ殿は生きておられる、早く医者に――近くに診療所はござらんか」  受付嬢がはっとした顔で『病院でしたら、こっちに』と言って案内を始めた。その後に付いていきながらザンザを見ると、ザンザは放心しているのか膝から崩れ落ち、こっちを見向きもしない。自慢の檻が壊され、自失しているようだった。某は無視して歩みを早める。  それから数分後、ほぼ入れ替わりに主任の男が複数の冒険者を連れて現場に現れた。そして目の前に広がった光景をみて顔をこわばらせる。斜めに斬り飛ばされた土の檻。強固な残骸ストーンウォール。破壊されても、まだ原型は保っている。しかしそれはあまりにも現実離れした光景だった。 「これはいったい……」  主任の男は眉を顰めた。男の持つ鑑定眼をもってしても、どうやってその惨状に至ったのか見当がつかない。ストーンウォールは防御の要、防御するために存在している。その壁がいともたやすく切り裂かれ、吹いた風にすら抵抗できずにボロボロと崩れていく様はまさに圧巻。  しかも魔力で破壊したにしては高濃度の魔力残滓が見当たらない。つまりはこれだけのことを魔法を使わずに物理攻撃で行ったことになる。  どう低く見積もっても高位な魔法が使われたはずなのに、現状証拠はそうではない、無理やり力で切り裂かれたのだと言っている。これがストーンウォールの壊され方なのか?  主任の男は懐からハンカチを取り出し口元に当てると、未だ周囲に舞っている土ぼこりを気にしながら残骸に近づいた。  これを行った人物は、おそらくストンウォールを壊すのに魔法が一番効率がいいことを知らない。物理防御に特化した魔法を、魔法に頼らず力で破壊するには、ざっと見積もっても五倍以上の労力が必要だ。  重なってはないにしても五枚のストーンウォールを使って作られた檻、単体のストーンウォールよりも強度は高い。  考えられる可能性としては、これをやったのが知能のない獣という可能性だ。魔物であるなら、そもそも魔法の原理や物理法則を知らなくても無理はない。ただ、結界で守護されたこの城塞都市に魔物が入り込む余地はなく、その可能性も極めて低い。  そもそもこんなことができる魔物がいたとしたら、討伐するにはおそらく英雄級と呼ばれるAランク相当の冒険者が数人は必要になるだろう。Sランク冒険者が出払っている今、こんな獣が都市の中を闊歩しているとなると大問題だ。  しかし今のところ、どこからもそんな報告は上がっていない。  まずいなくなった受付嬢の捜索と、ここにいた数人の冒険者たちがどこにいったのかを調べ、事情を聴き出さなくては。  主任の男は溜息を吐いて天を仰ぐのだった。それが杞憂であるとも知らずに。
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