紅刀の用心棒は魔法を知らない

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 「あ、ちょっと待ってください」  意識を失ったカンナを診療所のベッドに寝かせて後のことを医者に託し、無関係な人間がいつまでも診療所に居座ってはいけないと思い、建物の外に出たところで、これまで某を診療所まで案内してくれた受付嬢に呼び止められた。  振り返ると、突風に被り物を煽られ、それを押さえながら受付嬢が駆けてくる。目の前まで来た受付嬢がおずおずと差し出してきたのは額当てのような物だった。両側に紐が付いている。 「ゲンノスケさん、これを……」 「これは?」  受け取るとズシリと重い。 「これは仮登録証です。Eランクの下の、その……ランク外にはなってしまうんですが仕事を受ける際に提示してください、Eランクの仕事が単独でなら受けられるようになります。他には身分証にも使えるので、町を行き来する際にこれを提示すれば通行料の免除が受けられます」 「よいのでござるか?」 「ええ、今回あなたは一人でも戦えることを証明しましたので」  受け取った仮登録証を懐にしまう。腹が少しひやっとしたが、充実感の所為か心地よい。 「かたじけない」 「いえ、お礼を言うのはこちらの方です。あなたのおかげで一人の冒険者の命が救われたんです。うちのギルドはギルドマスターの方針で殊更、新人への審査が厳しいことで有名なんですが、それは冒険者の安全を第一に掲げているからです。だからあなたのこの度の行いは、我々ギルドの方針に合致するものでした。主任もゲンノスケさんの審査は私に一任すると言っていましたしね」  『ただ……』と受付嬢は付け加える。 「あの場に主任は同席していなかったので、あなたのスキルを実際に目にしたのは私だけです。だからあれがスキルだったのかどうかも私にはわかりません。なので仮登録で許してください」  そういって受付嬢は某が腰に下げている刀に目をやった。 「それと、その刀……すごい切れ味でしたけど、普段から封印している理由も納得です。鑑定眼のない私が言うのもなんですが、凄く……よくない気配を感じたので、それでいいんだと思います」  某がうなづくと受付嬢はようやく安心したように息を吐いた。 「以上です、呼び止めてしまってすいません、これからはいつでもギルドに顔を出してくださいね、ゲンノスケさん」  朗らかに笑う受付嬢。いつのまにか下の名前で呼ばれていることに気付いた。同僚として受けれてくれたと捉えていいのだろうか。 「今回は仮登録ですが、あとは実戦を経験しながら残ったスキル効果を解明して――落ち着いたころにでも昇級を――」 「そうでござるな」  ちなみに受付嬢が言うには、仮登録と本登録の違いは、依頼を受ける際に徒党(パーティ)を組むことができないという制限を受けることだけらしい。つまり仮登録のうちは単独依頼しか受けられない。それが危険だから一人でも戦う力があるのかも見極めたかったのだろう。とはいえ仮登録の制限がそれだけなら、某にとっては満足のいく結果だ。何の問題もない。 「あの、某、さっそくこのことを伝えたい方々がいるので」 「はい、どうぞ、また近いうちに……」  踵を返そうとして、某はあることに気付き足を止めた。某はまだ登録料を払っていなかった。そのことを受付嬢に話すと『いえ、結構ですよ』と言って受付嬢は首を振る。 「ゲンノスケさんには十分な貢献をしていただきました。これは私からのサービスということで」  そういった受付嬢は、すごくうれしそうな顔をしていた。自分が出しておくと言って聞かない。どうにも折れないので『では、お言葉に甘えて』と頭を下げる。  今度こそ踵を返し、振り返ると、受付嬢は手を振っていた。曲がり角を曲がるまで、ずっと。  受付嬢の姿が見えなくなった所で懐から仮登録証を出し、まじまじと見る。鉄製の板に紐がとおしてあり、首から下げることもできそうだ。板にはギルドの紋章があり、後ろに文字も彫られている。最初、持った時も思ったがズシリと重い。冒険者の仕事の重みってやつかもしれない。  いろいろとあってもう夕刻だ、空腹には慣れているがサイラス家のあの食事が懐かしい。無一文の某には、他で食事をする余裕がないので、できることならサイラス家に帰って食事をしたいが、出してくれるだろうか?  もし出なかったら、今から狩りにでかけて食料を調達しなければならない。などと考えながら歩いていると十字路に差し掛かる。大通りと違って小さな十字路だ。はて、サイラス家の屋敷はどっちか、通路の先をひととおり見て回ってみたがわからなかった。  木刀を取り出し、十字路の真ん中に立て、手を離す。木刀がカランと音を立てて転がった。木刀が倒れた方向に進む。  道に迷ったときはこの手に限る。古今東西、道に迷いし者達に脈々と受け継がれてきた由緒正しい占いだ。 「よし」  ただ木刀が倒れた先は、道の両側に鬱蒼とした林の生い茂る薄暗い道だった。夕暮れ時なのでなんだか不気味だ。この道を行くのかと少し気が萎えるが、わざわざ占いまでしたのだ、従わないわけにはいかないと意を決して進む。
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