紅刀の用心棒は魔法を知らない

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「ど、どうなってやがる」  吠えるザンザを見つめながら木刀を突き付ける。 「なんで俺がてめえなんかに、この俺様が負けるわけが――うごうッ!?」  立ち上がろうとしたザンザのみぞおちを木刀で突いて黙らせた。ザンザは前のめりに倒れ、腹を抱えるように気絶した。 「無傷では済まさぬと言っておいた故……では」  そして足を止め、すでに聞いていないであろうザンザに向かって言うべき言葉を口にする。 「おぬしでは到底カンナ殿には勝てぬよ。お主が曲がりなりにもカンナ殿に勝てたのは、単にカンナ殿が冷静でなかったゆえに、心の隙を突けたに過ぎぬ、正々堂々と戦っていれば結果は違った。カンナ殿は本来おぬしが勝てるような御仁ではござらん、ゆめゆめ勘違いなされぬように……」  その後、某は急ぎサイラス邸に向かった。ザンザはおそらく大した怪我もしていないので気が付けばうちに帰れるだろう。後遺症が残るほどの攻撃は加えていない。  そして某は不覚にも――またもや道に迷ってしまった。自身の方向音痴が嫌になる。  サイラス邸に辿り着いたのは、辺りがすっかり暗くなった頃だ。  門番はなんとか某の顔を覚えてくれていて『遅かったですね』と声をかけてくれた。使用人たちは某を見るなり『気にする必要はありませんよ。次があります、今回は残念でしたけど』と口々に言って慰めてくれたが、いや、某、ちゃんと冒険者になれたのだが……。  どうやら某が冒険者の採用試験に落ちたため、落胆して帰ってこられないではないかと勘違いしたらしい。  某が顔を合わせづらいだろうからと、まるで腫れ物を扱うように歓迎されたが、なんとか誤解を解くことができた。  この町のギルドに所属したこと、そして払わなかった銅貨を返すと、みんな『よかったですね』と涙ぐんで喜んでくれた。  明日にでも、お嬢さまにも報告をと言われたが、ノヴァ殿も忙しいだろうし、落ち着いたころに報告することにして、その日は夜も遅いし寝ることにした。  その日はいろいろあって疲れてしまったこともあり、ぐっすり眠れそうだと寝具に入ったのだが、その夜――。  某は妙な感覚で目を覚ました。なにやら靄がかかったような視界の中、枕元に誰かが立っている。その人物は身を乗り出して某の顔をのぞき込むと、ゆっくりと某に手を伸ばした。しかし、その手は、どこからともなく聞こえてきた『チャリ~ン』という音と共に止まる。某の目の前で手をフルフルと震わせると、その人物は震える手を抱くように引き取った。 『眷属の分際で我が命に逆らうか……』  それは女の声だった。身体は金縛りにあったみたいに動かない。 『お前は私の物だ……決してどこにも行かせぬぞ……』  女が暗がりに消えると金縛りが消えて身体が楽になった。瞬時に眠気が襲ってくる。 『チャリン……』  どこからともなく聞こえる小さな鈴の音に導かれて某の意識は深く沈んだ。
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