紅刀の用心棒は魔法を知らない

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  それからどれだけの時間が経過したか、気が付けば朝になっていた。  上半身を起こし、伸びをする。昨日の疲れは嘘のように消えていた。欠伸を噛み殺しながら寝具から抜け出し、木刀を手にして支度を整える。庭先に出て日課の素振りを始めた。一刀、一刀、木刀を振るうごとに朝の空気を肺に取り込み、百の素振りを終えた後、汗をぬぐいながら、ふと昨日のことを考えた。  昨夜、何かあった気がするが、気が付いたら眠りについていた。覚えているのは何やら寝苦しかったことだけだ。いろいろあって疲れていたんだろうか。それはそうと今日からギルドでさっそく仕事だ。  朝食を食べ、準備をして、ギルドに向かうことにした。不安半分、わくわく半分で歩いていると、気が付けばギルドの前に着いていた。  いつもより重く感じるギルドの扉を押し開けて中に入る。  酒場では多くの冒険者が談笑している。こちらを訝しげに見てくる輩は一人もいない、どうやら一日で某の風貌にも慣れたようだ。  ザンザとの一件はやはり露見していないようだった。  ちょっとは居心地が悪くなるかと覚悟していたが考えすぎだったようだ。ほっと胸を撫でおろし受付に向かう。その足が、とある人物の名を聞いて止まった。不意に聞こえた話し声、そちらに耳を傾ける。確か今、誰かが『ザンザ』と……。  動揺しつつ聞き耳を立てた。そこにいたのは男二人、女一人の冒険者たちだ。 「ああ、その噂、本当らしいぜ、まさかあの乱暴者で知られたザンザが拠点を移すなんてな、最初、聞いたときは耳を疑ったぜ」  ザンザが拠点を移す? それは昨日の出来事が原因なのだろうか? あまりにも早い行動に思えるが、某と決闘したあの後に、また別のなにかあったとは考えづらい。  気位が高く、執念深いザンザの性格を考えると、あの程度で反省したとは思えないし、負けた腹いせに仕返しをしてくるだろうと覚悟していたくらいだ。それがまさか潔く身を引くとは意外だった。某に昨日の件を言い触らされると思って、いずらくなったのだろうか?   三人組はザンザがこのギルドを離れる理由を、憶測を交えて話し始めた。 「で、ザンザはどこに移るって?」 「言ってなかった、けど、あの様子だとよっぽどのことがあったみたいだな。ギルドマスターに紹介状を書いてもらったみたいだが、そこそこ名も売れてたのに、まだ移る場所も決めてねえってさ」 「だけどいなくなってくれてせいせいするぜ、あいつ何かと偉そうだし、冒険者の何人かはあいつの所為で引退させられたって言うしな」 「冒険者同士の私闘って厳禁じゃなかった?」 「それは例の手よ、あいつ気に入らないやつをわざわざ闘技大会に誘って、公の場でめちゃくちゃにするんだと」 「ああ……ギルドマスターがいつも苦虫噛みつぶすような顔をしてたってあれか」 「闘技大会は皇帝の肝いりだからね<大会内でなにがあろうと出場者は一切の責を負わないものとする>なんてお触れが出されてちゃ処分のしようがないってわけさ」 「規約の抜け道か……あくどいねえ」 「だがまあ、ザンザも前までは、あんな奴じゃなかって話だが……」 「ああ、あの噂だろ? ザンザがあんな、なりふり構わず好戦的になったのは闇ギルドと関わるようになってからだって」 「え、なにそれ、初耳なんだけど」  三人は顔を突き合わせて声を潜めた。 「闇ギルドと揉めたとか?」 「それはどうか知らないが、最近あいつにしてはやたらと高度な魔法が使えるようになってたからな、あんな奴が精霊魔術をマスターするなんてどう考えてもおかしいだろ? そんなタマかよ」 「あいつが使ってたのは似非魔術だよ。適性のない奴でも身体に特殊な塗料で古代の精霊文字を刻んで使えるようにする、エルフ族の禁呪だ」 「ああ、あれって確か、資格のない奴が精霊と無理あり絆を結び、精霊を酷使する行為だからって、エルフ族が目の敵にしてる奴だろ」 「だから闇ギルドなんだ。あそこにはエルフ族の禁忌なんて気にしないダークエルフがいるって言うし」 「ここ最近はいつも虚ろな目をしてたよな、自己顕示欲も丸出しだった、いつか何かしでかすだろうとは思っていたが」 「地獄の沙汰も金次第ってか、勘違いしちまったのかね」 「そういえばうちにも……」 「あほ、やめとけ」  彼らが目を向けた先には受付があった。ちょうど主任の男がなにかの作業をしている。
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