紅刀の用心棒は魔法を知らない

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 受付嬢の話を聞き終わるなり、某は、さっそく<マップスタンドとやら>からこの辺りの周辺地図を手に入れた。  そして、いざ目的地に向かおうとしていた某に、さきほどの受付嬢が今は手が空いているのか呼び止め、初めて行くフィールドのことは二階の資料室で下調べをした方がいいのではないかと提案してきた。  そもそも文字を読めないのでどうしようかと思ったが、どういう場所か見ておくのもいいかもしれないと、某はその忠告に従い二階の資料室へ。入口脇の受付で冒険者の仮登録証を提示し、室内を見渡す。かなりの蔵書が保管されており、なかなかの規模だった。  古い紙の匂いが充満している資料室を適当にぶらつく。いずれは文字を読めるようにならないとなと思いながら棚から適当に本を引き抜いてパラパラとめくってみた。やはり文字が書かれているだけだと、なんと書いてあるのかわからない。  棚からいくつか初心者用だと思われる本を抜いて、資料室の机に座り読んでみる事に。挿絵でもあれば、本の内容はわからずとも冒険者として仕事をするにあたり何かの参考になるかもしれないと思ったのだ。  本をパラパラと捲って眺める。ふむ、参考になりそうにない。  これもダメかと次の本を手に取る。  そうやって調べていると眠くなってきた。元来、身体を動かすことは得意だが、勉学の方は集中力が続かず昔からからっきしなのだ。  いつしか机に突っ伏し、机の上のひんやりとした感触に癒されていると、どこからともなくコンコンと音がした。  静まり返っている資料室では、その音がよく響いた。顔をあげると、机の向かいに短い杖を両手に抱えた少女が立っていて、不思議そうに某を見ている。  資料室で寝ていたから咎める気なのかと思いきや、少女は心配そうな顔で。 「あのう、なんだか困っていたみたいでしたが、どうかされましたか?」  少女はどうやら某が本とにらめっこをしていたのを数刻まえから見ていたらしい。恥ずかしくなって頬を掻く。 「いや、これは失礼……実は少し調べものをしておりまして……その……」  指先で目頭を摘み、眠気を覚まそうとしている某に、少女は『手伝いましょうか? 何について調べていたんです?』と提案する。某の横に積み上げられた資料からは、なんについて調べているのか想像がつかなかったようだ。確かに適当に選んだ資料なので、その中にお目当てのものがあるかどうかも怪しい。  「まずは文字に慣れようと思って適当に、挿絵のある本を選んだのでござる……できれば花畑というフィールドについて知りたいと思って……」 「花畑ですね、花畑ですと……あ、これなんかどうでしょう」  正直言って、お目当てのものが適当に選んだ資料の中にあるとは思ってもみなかった。初心者用を見分ける某の目も、あながち節穴ではなかったわけか。  少女は積みあがった資料の中から引き抜いた一冊の本をぺらぺらとめくり始めた。  少女は、その資料の内容をあらかじめ知っていたようで、碌に目を通しもせずに目的のページを選び出した。  開いたページの文字に指先を這わせながら、心地良い声音で文章を読む。なんとも眠気を誘う声だ。つくづく某は勉学というものに向いていないらしい。  少女の声に聞き入って、うつらうつらしていると少女がきょとんとした顔を某に向けていることに気付いた。 「どうですか、ゲンノスケさん、この辺りの解説で……他にどんなことが知りたいとかおありですか?」 「あ、その……」  話を聞いていなかったとは答えずらい。しかし今、彼女は何と言った? 某の名前をどうして知っているのだろう? 某はまだ彼女に名乗ってすらいないはずだが。 「どうして某の名を?」 「ゲンノスケさんって有名人ですから」 「はて……有名?」
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