六月の雫

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 その日、すっきりしない気持ちを抱えて家に戻る。  やはりあの話にのってはいけなかったのか………  玄関には母のではない女物の靴がきっちり揃えて置かれていた。  母とRの話声が聞こえてきたため、Rが来た事に気が付く。  Rは映画で演じる役を母の前で演じていた。  (うち)に来るとよくそうする。  母は微笑んでRを見守る。  僕もそっと障子の隙間から覗いた。  暫く見ていたのだが、やはりRの演技力の上達は見出せずモヤっとしたまま部屋に戻る。  Rは、僕と同じ(たぐい)の人間だ。  天才達に囲まれているのに自分は大した才能を持たない。  だから僕のだ。  ずっと、諦めが悪いと思っていた。  あんな下手な演技を見せるくらいならさっさと見切りをつけた方がいいに決まっている。  才能がない人間が足掻く姿ほど惨めなものはない。  そういう姿は昔から見るのが嫌いだ。  どうせ評価される筈ないのに。  どうせ嘲笑われて終わるのに。  やるだけ無駄なのに。  なのになぜ。  なぜRは評価されたのだ?  僕と同じ類の人間で評価される筈などないのに。  考えれば考える程黒いモヤモヤした気持ちが心を満たしていく。  Rは気に入らないが、こんな醜い感情に囚われる自分はもっと嫌いだ。  そうだ。  ふとKとの会話を思い出す。  さっきまでRのことで一杯で思い出せなかったが、僕には才能があるとKが言っていたのではないか。
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