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父と母は息子の僕から見てもお似合いの夫婦だった。
父は名の知れた俳優、母は歌姫と呼ばれるほどの歌手である。
母の歌に魅入られてそのまま父が求婚といった何ともロマンチックな出会いだ。
当時の母は十六歳、父は十八歳で、結婚して翌年に僕が生まれた。
普通ならばすぐ離婚してもおかしくはないというのにうちの両親はやたらと仲が良かった。
歌の練習をする母の横には常に耳を傾けている父がいた。
そして歌い終わるといつも目を輝かせて盛大な拍手を送る。
まるで今初めて聞く歌かのように、母の歌ならばどんなものでも素晴らしいと感銘を受けていた。
父に飽きるという概念は無かったらしい。
中でも父が特別に気に入った歌が「六月の雫」だ。
美しい旋律だがどこか切ない雰囲気を漂わせたこの歌は、母が父を想って作ったものである。
母の繊細な歌声でなければこの歌は成り立たない、比喩ではなく本当にそうだった。
この歌を歌い終わると父は必ず母を抱きしめる。
そして二人で熱いキスを交わす。
息子が生まれて何年経っても二人は熱愛中のカップルのように愛し合っていた。
その光景を見る度にやれやれと苦笑いしながらそっと自分の部屋に戻る。
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