六月の雫

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 父は驚くのでも無く、青ざめるのでも無く、ただ淡々と写真を眺めていた。  その写真は自分には何の関係もないとでも言いたげな表情だ。  予想していた表情と違うと僕は焦る。 「母さんには知られたくないだろ。二十五万円を出してくれたらこの事を黙っててやる」  落ち着きを払っている父と、逆上して脅す息子。  きっと(はた)から見れば、父よりも僕の方が悪人らしい。 「二十五万円で何をするつもりだ?」  父はやはり取り乱す様な真似はしなかった。 「何だって良いだろう、別に」  父の態度が本当に気に入らなかった。  父はそれ以上何も言わずに黙って金庫を開け、中から二十五万円を取り出した。 「これで足りるか?」  呆気なく二十五万円を手に入れた訳だが、無性にイライラした。 「足りない。もう二十五万出してくれ」  元々、残りの二十五万円はRから搾取するつもりだった。  Rの夢は女優。  明日、朝イチでRの所に行き、この写真を、浮気の事を世間に広めると脅してやればきっと二十五万を渡してくれる。  Rはやっと手に入れた主役の座、及びこの先の女優人生を、失いたくない筈であるから。  だが、父の余裕ぶった姿がとにかく気に入らず、僕は五十万を全て父から搾取しようと決めた。  父は嫌な顔一つせずに再び金庫から二十五万をを取り出す。  そして軽く説教する。 「金を使うのは良いが、あまり無駄遣いしない様に。それと、トラブルに巻き込まれる様な事はしてはいけない」 「お前が父親面すんな!!」  我慢できず、大声で怒鳴った。  どこまで良いを演じるつもりだ。 「──落ち着け。母さんが来たら困るだろう?」  父ははあとため息をつき、まるで聞き分けのない子供を前にした様な態度を取る。  胸糞悪くなり、僕は父から二十五万を奪いとって走って自分の部屋に戻った。
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