六月の雫

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 母が家に帰って来るのは五時くらい。  そしてアイツとRが泊まるYホテルは僕のよく知っているホテルである。  家族旅行でよく泊まるからだ。  新幹線に乗れば三十分弱でつく所にあった。  父さんが忘れ物をしたみたいだから届けてほしいって連絡が来た。  仕事で使う大事な書類らしい。  場所はYホテルの305号室。  九時過ぎくらいに時間が出来るらしいから九時半に届けに行ってあげて。  僕は今日友達の家に行くから帰り遅くなるかも。  心配しないで。  こんなメモと共に、僕は適当に選んだそれらしい書類と新幹線のチケットを机の上に置いた。  母が帰って来たら、きっと気付く。  そして、僕はもう一枚の新幹線のチケットを手に取り、Yホテルを目指した。  母にアイツとRの浮気を気付かせるにはこの方法しかない。  どうせ、僕が何を言っても、母はアイツとRを庇うから。  自分の目で見てもらわなくちゃ。  あの日のビンタの感触が生々しく蘇る。  あれもこれも全てはアイツとRのせい。  あの二人がいけないのだ。  あっという間に僕はYホテルの近くまで来た。  母が来るまでまだ時間がある。  僕は時間を潰そうとYホテルの近くのファミレスに入った。  アイツが母に別れを告げる前に、母に別れを告げられたのならば、アイツはきっと余裕ぶる事が出来なくなる。  代わりにどんな顔をするのだろうか。  驚くだろうか。絶望するだろうか。  ふふ、アイツの顔を見るのが楽しみだ。  その為に僕はわざわざ母よりも早くこっちに来たのだ。 「ふふ……おかしいな」  なぜ、目の前がぼやけるのだろう。  なぜ、こんなにも罪悪感に苛まれてしまうのだろう。  後悔なんて一ミリもないのに。  アイツの絶望の顔を想像しただけで、笑みが溢れるのに、母が全てを知った時の姿を考えただけで涙が溢れる。  なぜ……?
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